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Appadiyah* ~ in India ~

南インド出身のドラヴィダ人の夫と共にタミルナドゥ州コインバートルに在住。
“Appadiyah”とは、タミール語で「へぇ、そうなんだぁ」「へぇ、ほんとに~!」という意味の感嘆語。なんとなくその言葉の響きが好きなのでブログのタイトルに。

Dhaka American Women's Club Presents
Annual Hollywood Ball

Date:March 4th 2011
Time:7:00pm
Place:Radison Water Garden Hotel


正午12時、オーガナイザー、出演者たちが会場に集合し、今夜のパーティ「Hollywood Ball」のためのリハーサルがおこなわれた。

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-ステージ
ステージはこんな感じ。

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-テーブル
テーブルのアレンジもハリウッドをイメージしたもの。


ステージの調整や音響、ライティング、時間の確認をしつつ2~3回の通しリハをして、16時過ぎには一時解散。

私たちは一度家に戻り、フレッシュアップして18時に再び会場入り。(と言っても18時に来たのは私たち二人ともう一人の日本人だけ…)

18時半を過ぎた頃から徐々に人が集まりはじめ、一度会場を閉めて、ロビーでウェルカムドリンクのスパークリングワインを飲みながら談笑。。。。。

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-スター
Dress cord→ → → Hollywood Glamour or come as your favorite Hollywood Star !
左はDAWCの理事長スター!この黒髪はウィッグ。

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-LFSD
一番右がサルサの先生アドナン。

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-足下
サルサチーム、レディース組!!!の足下。


ロビーには、ハリウッドの写真や、ハリウッドスターたちの等身大のパネルがあって、皆そこで写真を撮ったりしている。
歓談中の人々の中を、ラッキードローのカゴを抱えた女の子たちがまわっていて、私も1セット(500タカ)購入。
1等はアメリカ-ダッカ往復航空券!その他、ホテル宿泊券や、レストランのディナー券などが連なっていた。
またチャリティでのためのオークション用に、バングラデシュアーティストたちによる絵画も数点。

20時をまわった頃から、ようやくぼちぼちと会場の席に移動し始め、アメリカ大使の挨拶から始まってパーティがスタートした。
ディナーが各テーブルに運ばれ、ステージではバングラデシュ人、アメリカ人による歌、バンド演奏が始まり「音楽とお食事を楽しみながらしばしご歓談を」タイムとなった。

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-food 01

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-food 02


ちなみに、当日アドナンからチケットを手渡された私たちはBYOB(Bring Your Own Bottle)というコードを知らず、アルコール無しとなってしまった(悲)。私たちのテーブル全員。。。。

さて、デザートがサーブされてお腹も満たされてきたころ、いよいよ私たち出演者全員がステージ脇に招集された。

ステージのライトが落とされ、オープニングの音楽が流れはじめ、ディレクターのキューを合図に一人一人ステージ中央でポーズをして袖へ抜けていった。
その後、先日突然亡くなったある女性のためのトリビュートとして出演者全員がステージに集まり、Leonard Bernsteinの「Somewhere」の歌を捧げた…。
その後は、次々と出演者たちがパフォーマンスを繰り広げていく。

DAWCの理事長の娘による歌、Hiroさんという日本人女性によるサルサ、コメディアン…と来て次ぎが私たちアドナンのグループサルサだった。
(グループと言っても2組になってしまったのだけれど)

いい具合の緊張感を楽しみつつステージ袖で見ていたのだが、私の夫は明らかに緊張しているのが分かる。
(ヤバイぞ…)
「まあ、間違って当たり前なんだし、リラックスして楽しもう!!!」
と背中をさすってみたけれど…あまり効いていなそうだった。

いざステージが始まると、彼のリードがぎこちなく、顔がこわばっているのが明らかに分かった。
私はとにかく笑顔で…そして、彼が次ぎの動きを忘れてしまったときも、とりあえず動き続けていたのだけれど、かえってそれが彼の頭の中を一瞬真っ白にしまったようだった。
サルサは基本的に男性のリードについていけばいいのだからと、実は私も順番を完璧に覚えていたわけではないのだけれど、彼がステージで順番を忘れたらおしまいだ!!!と思って、実は今朝から一生懸命ステップの名前を覚えていたのだ。
だから、踊りながら次のステップを彼に伝えながら、区切り区切りでアドナンたちのペアーとペースを合わせたししながら、なんとか踊りきった。

(あぁぁぁぁ~~~!!!!)

というのが正直な感想で、私はちょっと不完全燃焼だった。

その後も、歌、アドナンのソロパフォーマンス、マジシャンなどのショーが続き、クロージングで再び全員がステージに上がりおよそ1時間半におよぶショーがお開きとなった。(時刻は23:30)

後から聞いたら、実はグループサルサの時に、アドナンも初っぱなからステップを飛ばしてしまったり、間違ったりしていたらしく、私たちの方を見ながら順番を追っていたらしい(笑)。
そして、すべてのシークエンスを知っているサルサ友達曰く、
「途中立ち位置が入れ替わってしまったところなんかも、意図的にそうしたように見えてそれがかえって効果的だったし、2組が別の動きをしていても間違っているようには見えなかった」とのこと。
間違えが、意図していなかった効果をもたらす…というのは、発表会などでは多々あるものだ。
それにしても、そう言ってくれて、みんなありがと~!!!

パーディが閉じられると、その後バンド演奏が始まり、会場はディスコ状態に☆

明日は休みとあって、私たちも結局夜中の2時近くまで飲んで踊って…と楽しい夜を過ごしたのでした。

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-Dance


実は…
3月4日(金)、あのシャルク・カーンも泊まったRadison Hotelで、サルサを踊ることになってしまいました。。。。

つい2週間ほど前、サルサの先生アドナンから連絡があり、サルサショーに出ることになったから二人(私と夫)も考えてくれないか…との連絡を受けたのです。

でも私、サルサを習ってるとはいっても忙しくてほとんどレッスンにも参加していないし、ステップの名前もひとつも覚えていなかったのです。
夫は、本当に断続的ではあるけれど2年近く行ったり行かなかったりを繰り替えしていて、一応ある程度のステップは習っている…といった状態。
その話を聞いたとき、「ええっ!こんな直前に!?」と思はいつつも「面白そうだからやろう!」と私は結構乗り気だった。

そして、このパーティが毎年恒例の「Dhaka American women's club」主催のきちんとしたパーティだと分かったのは、その一週間後の第一回目のリハーサルの時だったのだ。
※DAWCは、アメリカ国籍、またはアメリカパスポート保持者のみが加入できるクラブ。

高級住宅地バリダラにある、あるアメリカ人宅で行われた打ち合わせ兼リハーサル。
DAWCのコーティネーターたちは、当然パーティを成功させるためにとっても真剣。
このパーティは、バングラデシュでありながらアメリカ人を対象にしたものだから、やっぱりバングラの感覚とはちょっと違う空気が流れていた。

でも、今更断るわけにはいかない。。。。とにかく練習して覚えるしかないのだ。。。

アドナンは、シャミという女の子とのソロ、そしてブループパフォーマンスを組んでいた。
私たちはグループのほうで、私たちの他に若いカップルがもう一組、アドナンとソニアの組を入れて合計6人…の予定だった。
ところが、2回のDAWCのリハーサルを終え、昨日の強化練習を前に、なんとこの若いカップルが出場を辞退したのだ。
簡単にいえば、怖じ気づいてしまったのだ。。。。
私たちのほうがよっぽど練習不足で、やっぱりやめようか…でも今更それはできないよね…なんて話していたのに、彼女たちの辞退はかなりフェイントだった。
2組になってしまったら、ますます後には引けない。
グループの方でアドナンと一緒に踊るソニアも実は長いブランクがあっての参加で、ちょっと不安ぎみ。
それでも「頑張ろう!」と、昨日の練習の後、クリケットのインドvsイングランド戦を見ながら誓い合ったのだ。

そして今日は、仕事の後にソニアと一緒に衣装を買いに行くことになっていた。
ところが…
仕事が終わってソニアに電話をすると…
「実は昨日からなにかの感染症にかかったみたいで、*○×△★□◆×☆#★⊿●#…だから金曜日のステージは出られないと思う」
「え~!!マジ?」

こんなことって…

でも、私たちまで辞退するなんてアドナンには決して言えない。。。。。
こうなったらもう楽しむしかないのだ!!!

私は、日本にいたときに毎年ダンスの発表会に出ていたので、ステージで踊ること自体は緊張しないし結構楽しめるのだけれど、パートナーと一緒に踊る…というのはまだ慣れないし、自分一人で踊るのとはちょっとかってが違う。

練習不足については、もう練習をしまくって解決するのみ!
なのだけど、、、、レッスンは基本的にゆるやかで、途中に世間話がはさまったりして、必死になって”サル練”をする気配はまったくない。
「Oh My God !これが国民性の違いか~」
夫は夫で、2~3回通して踊ると「脚が痛い、ちょっと休憩」とか「あとは家に帰って練習しよう」と言い出すから、その度に私は鋭い視線とともに喝をいれなければならない。

日本では、発表会の3~4ヶ月前から普段の練習の他に一日8時間くらいの土日の強化練が始まって、発表当日の出番直前まで動きの確認をしたり変更があったりして…練習はきつかったけど、その時期にはみんな動きも成長するし達成感もある。
そしてなによりも発表会はやっぱり楽しかった。

とにかく、、、、私はもっともっと踊って練習がしたい!!!!
私はもともとラテンの音楽が好きだから、サルサは純粋に楽しい。
だから、これを機会にたくさん練習して、たくさんのステップを覚えて、もっと自由に楽しくサルサが踊れるようになりたい!というのも素直な願いなのです。

そんな感じで、残すところあと4日の夜を過ごしています。
さてさて、、、、4日のパーティはいったいどうなることやら。
結果はまた後日。。。。

18日(金)のクリケット・ワールドカップのために来バしたブライアン・アダムス。
翌19日の夜、コンサート「The Bare Bones Tour」に行ってきた。

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-ブライアン看板
来日前から市内には大きな看板が。。。電話会社ロビが協賛しているようだ。

場所は Bangabandhu International Conference Center、収容人数2000~3000人ほどの小さなホールだった。

会場前から入り口から建物の長辺、短辺をなぞるように長~い列が出来ていて、その列は短辺の途中で折り返して再び長辺に二重のラインを作っていた。

シャルク・カーンの時のようにゲートも列も分からず押し合いあ圧し合いの混乱状態はなかったものの、開場の19:30が過ぎてもなかなか前に進まない。
それもそのはず、皆知り合いを見つけると「ハ~イ!!!」と言いながらスルリと列に入り込んでそこに居座っているのだ。
という私たちも実は割り込んだ口だから、文句を言える立場ではなかったのだけれど。
私たちを列に入れてくれた友人は、その後見事に少しずつ少しずつ前に進み、気づいたらすっかり入り口付近に並んでいた。

彼女は無邪気に、そして驚いたように
「えっ?バングラデシュのカルチャーを知らないの!???」

確かに、どうせ割り込んだなら、どこまで割り込んでも罪は一緒か。。。。

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-ライブホール外観


私たちが手にしたのは一番安い2階スタージ脇のバルコニー席(6000タカ)だったが、それでもチケットがとれただけでラッキー。
1階の席は確か15000タカだとか。。。日本並みの料金設定にビックリ。

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-ホール内
カメラの持ち込みは禁止のため、携帯でパシャッ!
もう今時代は、カメラ・ビデオは禁止でも携帯で写真もビデオも撮れてしまうから、規制が大変だろうなぁ。といいつつ私も撮ってたけど。


女性MCのブライアンの登場を思わせるフェイントを2回くらった後、いよいよ本物のブライアンがギターを抱えて登場!
ブライアンはギターとハーモニカ、そしてピアニストが一人のアコースティックなライブだった。

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-ブライアン01
スポットライトの中心にギターを抱えて立つブライアン…
分かるかな?


最後はブライアンが1階席の客に「COME ON !!」とステージ前まで呼び寄せ、2階席も総立ちになって終了。


Appadiyah* ~ in Dhaka ~-ブライアン02
ステージからブライアンが記念撮影中。


海外の大物アーティストがバングラデシュにやってくるのは(おそらく)初めてとあって、観客側の喜びと興奮が会場全体に広がっていって、更にアーティストと観客との距離感がとてもよく、会場全体が一体となって音楽を紡ぎ出しているようだった。

日本の東京ドームや武道館コンサートだったら、同じ料金を払っても、会場のアレンジや音楽的にもよりクオリティーの高いパフォーマンスが期待できるだろうし、アーティストにもそれが要求されると思う。

今回のコンサートは、そういう意味での日本のスタンダードには満たないかもしれないが、観客満足度の高い、とてもいいコンサートだったと思う。

私個人的には、知らない曲も結構あって、なおかつ歌詞まで覚えていなかったので、ちょっと勉強不足だったと反省。




4年に1度のクリケットワールドカップが
今年ははじめてここバングラデシュで開催されます!

正確には、インド、スリランカ、バングラデシュの三カ国共同開催。
昨日2月17日が開会式で、この開会式はバングラデシュで行われました。
世界中からプレイヤー、観客が集まるこの栄誉あるワールドカップ開会式には、首相のシェイク・ハシナも相当の気合いが入っていたらしく、準備段階から首相みずから会場に足を運んで進み具合をチェックしていたようです。

日本ではまったくもってマイナーなクリケットですが、世界的には実や野球よりもクリケットのほうがメジャーだのだとか。
もとイギリス占領下にあったバングラデシュやインドで、クリケットが国民的スポーツになっているのもうなずけます。

空港付近では、何ヶ月も前から電光カウントダウンボードが設置され、今月に入ってからはいよいよエアポート・ロードのライトアップ、クリケットのボールやバットを用いたモニュメントがところどころに設置され始めました。
そして開会式当日の昨日になっても、まだ道路両端の歩道のペンキを一生懸命塗っている人たちがいました。


Appadiyah* ~ in Dhaka ~-カウントダウン
空港前の交差点に設置された、ワールドカップカウントダウン!
このゾウさんは今回のワールドカップのマスコットらしい。

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-バット01
これも空港前。
車を止めて写真を撮っていたら、警察からは「ここで止まるな」、後ろからはクラクションの嵐。
「ちょっと写真を撮りたいんで」と言って急いで撮って去ってきた。

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-バット02
エアポートロード沿いには、こんな感じで色んなバットのモニュメントが。
この時も後ろからブ~~~~~~!!!!!でも気にせずパシャっ!
私の根性もバングラ人なみになってきたのかな???


開催日の一週間ほど前には、政府から「クリケット開催日はダッカ市内のオフィスは休日とする」といった突然の声明が発表となり、16日の独立の父ラーマンの誕生日と合わせて全4連休となったわけです。
ところが、、、、15日になって「17日はダッカ市内のオフィスは午後からの半日休とする」といった突然の変更が新聞に掲載されたのです。
最初の決定もかなり直前だったが、この中途半端な変更はいったい…。
クリケットのために突然の休みを発表したことに抗議でも殺到したのだろうか?
いずれにしても、私の会社では、現地スタッフたちはすでに連休で田舎に帰省する計画をたててしまっていたので、結局17日も終日休みとなったのです。

開会式は17日夜18時20分から、予定よりも20分遅れてスタート。
各国のキャプテンたちはリキシャに乗って登場。
近代的な 自国の風物詩でもあるリキシャを使っての登場には好感をもてました。
そして、様々な国のアーティストによる歌と、大勢のパフォーマーたちによるダンスパフォーマンス。
カナダからは、あのブライアン・アダムスが来バ!!!

最後は、桜木町の花火大会のクライマックスなみの花火が、ダッカ市内の夜空を華やかに飾り、テレビの飛行中継では花火を背景にダッカの夜景までがまるでモダン都市かのように映し出されていたのです。

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-夜バット02
開会式の後のエアポートロードでは、例のバットモニュメントに人が集まり、自分の名前を書いたり写真を撮ったり…人が集まっていた。

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-夜バット01
横に寝た大きなバット。

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-夜バット03
車を止めて写真を撮る人々を、またしても警官が阻止。
私も車から降りて、「ちょっと写真だけ!」と警官に言い捨て、バットに走り寄って撮ってきました。


さて、開会式から一夜明け、今日はブライアン・アダムスのコンサートが開催されます。
そりゃあ、わざわざバングラデシュまで来ていただいたわけですから、開会式の3曲だけで帰してしまうのはもったいないでしょう。
ということで、私たちも行ってきます!!!
特にブライアン・アダムスの大ファンというわけではないけれど、海外アーティストがバングラデシュにやってくるなんてめったにないので、数少ないエンターテイメントには便乗して楽しんでおきたい…ということです。

そしてなんと明日は、国民の注目を一手に集め、チケット販売開始前からまったくもって入手困難と言われていた「インド VS バングラデシュ」戦の観戦に行けることになったのです!!!
クリケットのルールなんて全く分からないけれど、やっぱりこれも一大イベントとして参加しないわけにはいかないでしょう。。。。

ということで、今日、明日は国家総出のイベントに便乗して楽しんできます!






11日の金曜日、日本人学校にて毎年恒例の「ダッカ日本人会春祭り」が開催された。

日本人会の会員になっていない私のところには直接連絡はこないのだけれど、たまたま知人を通してこのイベントのことを知ったのだ。

入場料は会員100タカ、一般800タカ。

この春祭りは、ダッカ在住の日本人同士の交流を目的としているため、外国人の入場には制約があるようだ。
もちろんセキュリティ目的でもあるのだろう。

いただいた案内を読んでいて、

「あ~日本だなぁ」

って思った。

● 会員の方以外は事前登録が必要です。
● プログラム開始は15:30ですが、入場受付は14:30~15:30です。警備のため15:30以降は入場門を閉鎖しますので15:30までに受付を済ませてください。
● お皿とお箸は各自でご用意ください。
● 前日防虫駆除を行いますが、「虫除けスプレー等」のご用意をおすすめします。



当日は、私も日本人らしく15:00には会場に到着。(夫は仕事のため私一人で参加)

学校の校庭の外壁に沿って、大使館、JICA、商社や企業出資の模擬店が立ち並び、南に面した壁沿いにはステージが設置されていた。
焼き鳥、お好み焼き、カレーライス、最上級牛肉のステーキ、鶏汁、おしるこ、アイスクリーム、懐かしい“わたあめ”もあった。
ドリンクは、ビール、ワイン、ソフトドリンクが飲み放題。

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-ステージ


Appadiyah* ~ in Dhaka ~-わたあめ
ベンガル人が回すわたあめ。


ステージ裏の大きな建物にかくれていた太陽が少しずつ西に向かって進んでいき、開会の挨拶が始まる頃には客席全体が日差しをもろにうけて、みんな手庇で顔に陰を落としながらステージに向かって座っていた。

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-客席


日本人学校の子供たちのパフォーマンスから始まって、ジャズバンド、お琴の演奏やベンガルダンスなど、有志によるパフォーマンスが満載だった。
日本人学校の子供たちによる「ライオンキング」のショートショートミュージカルでは、英語の発音、歌唱力、そして表現力の豊かさにびっくりした。

ダッカにいる日本人は、ほとんどがビジネスマンか、NGO関係か、ベンガル人の配偶者。
まだまだ小さなコミュニティなので、大抵誰かを通して誰かとつながっていたりして、いい噂もわるい噂もあっという間にたってしまいそうな距離感だ。
それにしても、久しぶりのたくさんの日本人との交流に、私はなんだか一瞬のとまどいを感じてしまった。

あれっ、どんな風に接したらいいんだっけ?

みたいな…。


それぞれのパフォーマンス、司会の進行、人と人との距離感、暗黙の中で成り立っているルール…等々、そこに流れている雰囲気全てが“日本”で、
これが、私が子供の頃から当たり前に浸かっていた日本の空気なんだなぁ…と思った。

そして以前、インド人(ヒンドゥ教徒)のビックイベント「ディワリ」の日に、インドのハイコミッションが主催するディワリ・フェスティバルに行ったときのことを思い出した。
あの時私は、「あ~、これがインド人のコミュニティなんだなぁ」って、そこに流れる空気を、ただ通り過ぎていくだけの旅人のように傍観していたのだ。

移り行く季節の風やにおいを体全体が覚えているように、生まれ育った土地やそこに流れる空気というのも、まったく無意識のうちに私たちの体の中にしみついているものだと思う。

日本語を話す日本人の私。
タミル語を話すインド人の夫。
ベンガル語を話す人たちの国バングラデシュで生活をし、
共通言語としての英語を話す私たち。

世界の中でも独特な文化を持つ日本と、強烈な文化を維持し続けているインド。
私たちの子供は、生まれたときからこれら全てが入り混じった環境の中で、何をどんな風に消化していって、どこにどんなアイデンティティを見いだしていくのだろう。

久しぶりの“にっぽん三昧”を堪能しながら、そんなことを思っていたのでした。


追伸:
会場で行われた福引き抽選会で、私はユニクロの洋服詰め合わせをゲット!!!
バングラデシュで製造されていながらも、現地では手に入れることのできない商品。
「あ~、これが生産国の現実かぁ」と思いながらも、ここでは手に入れることのできない母国のニット製品たちを、ありがたい思いで両腕に抱えながら持ち帰ったのだ。

日本から離れていると、
日本にいたら見ないような映画やドラマをみたり、
自分では決して選ばないような本を読んだりもする。


最近、知人からドラマ「1ℓの涙」のDVDを借りた。

「第一話からずっと泣けますよ」

泣けるかどうかはともかく、久しぶりに日本のドラマを見てみようと、夜一人で見はじめたのだが…
これが思った以上に泣けた。

これは、15歳の時、次第に運動機能が低下していく原因不明の不治の病「脊髄小脳変性症」と診断された木藤亜也さんの闘病日記を原作としたドラマだ。

「今まで当たり前にできたことをひとつひとつ失っていき、自分は何のために生きているのかと問いながらも「やはり生きたいのです」と力強く生きた亜也さん。そんな彼女の姿に感動しました…」
と言うととってもありきたりだけれど、でもやっぱりそれが純粋な感想だった。

(あの沢尻エリカ様が、とっても純粋な少女にみえるのもみどころのひとつかもしれない)


ハリウッドでは、ミラクルやサクセスストーリー、ヒーローものが好まれるけれど、
日本人は「苦労を乗り越えながらも前向きに頑張る」、そんなヒューマンストーリーが好まれる傾向があるような気がする。
“努力”とか、“誠意”とか、“信念”だとか、面と向かって言われるとちょっとうさんくさい言葉だけれど、何かに向かう精神だったり人の思いに、人間臭さとともに美意識のようなものを感じるのかもしれない。
そして、私もそんなストーリーが結構好きだったりする。

先週から、友人カティックの犬とメイドさんを預かっている。

カティックが仕事でアメリカへ行っている間、2週間ほど面倒を見てほしいと。

犬の名前はロミオ。
ロミオとジュリエットに由来しているらしいが、ジュリエットはいない。
犬種はよくわからないけれど、真っ白の毛をはやしスピッツ?のような顔つきをしている。

とにかくよく跳ね、全力でぶつかってくるあの脚力はすばらしい。
人なつっこく、誰にでも走りよっていく…というよりも、とにかく誰かにかまってもらいたいタイプだ。
なによりいいのは、私の実家の犬と違って噛みつかないところ。
(実家の犬もとってもかわいいのだが、甘やかしすぎたのか、教育には失敗してしまった)

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-ロミオ

2週間後に再びカティックに返さなければいけないのかと思うと、今からちょっと寂しい。


さて、ロミオの面倒役として一緒にやってきたのは、メイドのハシナ。
カティック夫婦も南インドはタミールナドゥ州出身のため、ハシナは南インド料理をしっかりとしこまれているのだ。
ということで、これは我らがコック、スクマルに南インド料理を覚えてもらういいチャンスとなった。

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-スクマル/ハシナ01
指導中のハシナと見習いのスクマル

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-スクマル/ハシナ02
スクマルはカメラを向けるといつもカメラ目線でかまえる


ハシナは南インド料理を、レストラン経験もあるスクマルはコンチネンタルを互いに教え合っている。
スクマルとハシナはなんだか気が合うようで、いつも楽しそうに料理をしている。そして、その周りでロミオは気ままに飛んで跳ねて踊っていて、なんだかほほえましい雰囲気だ。

一人暮らしや共働き夫婦の家のメイドたちは、普段話し相手もいなくて一日中一人で家にいることもあるらしく、そのせいか彼らはよく独り言を言う…と言う人も多い。

我が家にはメイドのヘレナもいるけれど、
ロミオとハシナがいなくなったら、スクマルも退屈するのではないかなぁ。

うちにも犬がほしいなぁ。
ダッカに来てから
ひたすら毎日の生活に追われていて
自分がどんな方向に成長していきたいのか
ゆっくり、じっくり一人で向き合うことをしていない。

日々かすめていく様々な思いを
ただ感じたままにして放ったらかしにしてしまっている。

今感じていること、抱えていること、分かっていることを
もっときちんと消化していけば
なにか新しいものが生まれてくるのに。

自然の中でゆっくりと…
というわけにはいかないけれど、
でもやっぱり、もっと自分との時間をつくっていかないと。

日々とともに今の思いも流れていってしまわないように
少しずつ、少しずつ…。

今日は休日。
朝、車で食品の買い出しに出たっきり、夕方まで家の中にこもっていた。

5時すぎ、家を出た。
外を歩いていると風が心地よかった。

今日はあまり暑くなかったのか…
そんなことを、肌をなでていく風ではじめて気づいた。

近くのお店でちょっとした買い物をすませ、このまま家に帰るのがもったいない気がした。
じゃあとりあえず…と歩き出した。

ふと、久しぶりに“散歩”をしていることに気づいて、
やっぱりこのまま帰るのはもったいないと思った。

少し歩いたところでリキシャワラをつかまえた。

「30タカでこの辺を適当に走って」



「ただグルグルとまわってくれればいいからさ…OK?」

OK

ちょっと戸惑いながらもリキシャワラは走り出した。

大通りからはずれた住宅が立ち並ぶ小道を、
リキシャに揺られてゆっくりと走りぬけるのはとても気持ちがいい。

流れていく人の声や、小鳥のさえずり、チャリンチャリンというリキシャのベル。
人の足よりも少し速い速度で進むリキシャの風はとても心地よい。

リキシャは渋滞の大きな原因のひとつにもなっていて、
車に乗っているとリキシャが煩わしく思えることもある。
でも、リキシャに乗っていると、
大きなクラクションを鳴らして我が物顔で過ぎていく車を煙たく思ったりもする。

やっぱり人間って勝手だよなぁ…

と自分でつっこみをいれる。


30タカでどれだけ走ってもらっていいのかよく分からなかった。

まあ、適当だよね。
どっちみち30タカ+αをねだられるだろうし。

途中小さなドカン(お店)に立寄って、あとは適当に右へ、左へと角を曲がりながら適当に進んだ。

川にかかる橋の上で立ち止まってスナックをかじるひとたち、道ばたのチャイ売りの周りには2~3人が立ったままチャイをすすっている。
ネットで囲まれた小さな広場では、男の子たちがサッカーやクリケットをして、視界をかすめるほどの砂埃が舞っていた。

このリキシャワラは、でこぼこ道も、スピードブレーカーでも速度をゆるめないため、凹凸があるたびにガタンッとリキシャがジャンプする。

20分ほど走ったところで、夕方の風で露出した腕がすこし冷たくなってきたので、そろそろ帰ることにした。


家の近くまで来たところで、リキシャワラに言ってみた。

「ちょっとリキシャこいでみていい?」

リキシャはバランスをとるのが結構難しいときいたことがあったので、ちょっと乗ってみたかったのだ。

ちょっとこいでみた感じだと、まっすぐ進む分にはそんなに難しいものでもないと思うけど、
お客さんを乗せ、車とまじって小さなデコボコの道を器用に進むのはやっぱり大変な仕事だと思う。
そして、思ったよりもブレーキが固かった。


最後はやっぱりエクストラチャージを求めてきたので、
まあいいかと、35タカ渡しお礼を言って去ってきた。

本格的な夏が来る前に、もう一回くらいぶらりリキシャ散歩をしたいなぁ。
食材や生活用品を買いに、仕事帰りに時々立ち寄るスーパーAgora。

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-アゴラ

ここは値段もフィックスなので、外国人だからといって高い値を言われることも、値段の交渉をする必要もない。
普通のマーケットに比べると値段はちょっと高いけれど、ポイントカードもあるし、食材も一応比較的安心できると言われている。

グルシャンにあるDCCマーケットのように、野菜売り場、フルーツ売り場、お米売り場などが分かれていて、隣のお店の値段と比べつつ交渉しながら買い物を楽しむ…というのも時にはいいけれど、日常のこととなるとやっぱりスーパーで簡単に済ませてしまう。

Agoraでは、野菜や果物、肉、魚、米、パン、お菓子などの食品から、ティッシュ類、石けん、シャンプー、鍋、コップなどの日用品、コスメティックコーナーもある。
1フロアーで敷地面積も決して大きくはないけれど、接客などもきちんとしていて、外国人はよくここを利用しているようだ。

ここのレジカウンターのスタッフは、商品のバーコードスキャンを始める前に必ず「Good afternoon」とか「Good evening」と挨拶をしてくれる。
日本で言うところの、「お待たせしました。いらっしゃいませ~」みたいなものだろう。

また、店内に流れる音楽は日本のスーパー同様に、ポップミュージックのゆっくりインストゥルメンタルハイキーバージョン。
このスーパーの雰囲気は全世界共通なのだろうか?


さて、先日このAgoraで、なんと試食販売をやっていたのだ。
KnorrのSweet Corn Chicken Soupを、プラスチックの小さなカップに入れて試食させてくれた。
バングラのスーパーで試食販売だんなんて!!
初めて目にする光景だったので写真を撮ってみた。

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-試食販売01

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-試食販売02

パウダースープの素。
お鍋でお湯と一緒にボイルして具を入れるだけ。
なかなか美味しかった。