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Appadiyah* ~ in India ~

南インド出身のドラヴィダ人の夫と共にタミルナドゥ州コインバートルに在住。
“Appadiyah”とは、タミール語で「へぇ、そうなんだぁ」「へぇ、ほんとに~!」という意味の感嘆語。なんとなくその言葉の響きが好きなのでブログのタイトルに。

つい先日、Bitter&Sweet Cafeのチーズケーキが食べてくなったので、オフィスの帰りに立ち寄った。
そのカフェは大きな看板もないために通りから見ても分かりにくく、2つあるうちのひとつの入り口にも小さなサインボードがあるだけので隠れ家的なカフェで、中は種類の違う椅子やソファが適度な距離感で並べられていてゆったりとくつろげるため、私はたまに気がむくと立ち寄る。

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-チーズケーキ
ブルーベリーチーズケーキ


でも今日はそのおいしいチーズケーキについて…ではなくて、久しぶりに遭遇した大渋滞について。


さて、本を片手にケーキを食べてゆっくりとした時間を過ごし、夜7時をまわったころに私はカフェを後にした。

いつもの道を通ってエアポートロードに出ると、なんと反対車線の道路に旗やスローガンを持った人々が歌ったり叫んだりしながら行進している。
道は人で埋め尽くされているから、当然反対車線からの車は一台も見当たらない。

ホルタル? (ホルタル=ストライキ)

いや違う。

ドライバーのイドリスによると、最大野党の党首カレダ・ジアが海外から帰国したとのことで、空港からの送迎のためにエアポートロードをブロックしているというのだ。
道では、サポーターや雇われサポーターたちがカレダ・ジアの写真を掲げて、万歳!騒ぎになっている。

幸い、空港方面へ向かう私の車線はかろうじて前進をしていた。
しばらくして私の横をカレダ・ジアの車が通りすぎて行くと、それに続くように反対車線も少しずつ動きはじめた。

そして20分ほど行くと、なぜか私がいる車線の動きがパタリと止まった。
そこからは国会議員の牛歩状態で、100メートル進むのに30分、つまり時速200メートルというカメの歩みにも負けるスピードだ。
不思議なことに、反対車線のほうが断続的ではあるけれども、車に流れがあるように見えた。
イドリス情報によると、空港より先の道路は普通に動いているという。
いったいどういうことなのだろう。。。

最悪なことに、私の車のエアコンがまともに動かず社内はサウナ状態。
耐えかねた私とイドリスは、車の窓を明け、排気ガスと車の放つ熱気に耐えながら車内でぶつぶつとぼやいていたのだ。

1時間半が過ぎたころ、前を進む車が次々と左へ移動していくのが見えた。
意味が分からず私たちも後に続いて左へ車線変更していくと、目の前に、反対方向から逆走してやってくる車の行列が現れたのだ。

そうか、これが原因だったのか!

逆走してくる人々は、「みんなジアさんのおかげで渋滞に巻き込まれてるわけだし、ここはおおめに」なんていうわびれたような様子もなく、彼らは彼らでやはり渋滞に苛立ちながら、アイドリングしているのだ。
4車線の広い車道は5車線になり、必死に抜け道を行こうとサイドロードを走り始める人もいる中、私たちは下手な策略はせずに、とにかく地道に正道を進み続けようと決めた。


Appadiyah* ~ in Dhaka ~-逆走車
私の車の隣を反対方面からやって来ているのが逆走車。
その向こう側に車線を分ける境界壁がある。


かれこれ2時間が過ぎたころ、あるポイントを境に逆走車の列が消えてようやく目の前の道が開け、つい数メートル後ろの渋滞が嘘のように車が流れ出した。
我れ先にとサイドロードへ抜け出した車は、逆走する車との間でまだ苦戦していた。
「急がば回れ」とはこのことなのだ。。。

結局家に着いたのは21時半まであと5分というところで、私はぐったり疲れきった体を冷たく冷やしたビールで優しくいたわってあげたのだった。

それにしても、カレダ・ジア一人のために空港前道路をブロックするなんて、
前回のシェイク・ハシナ(現首相)帰国に引き続き、やっぱり迷惑極まりない…。


例年に比べると、どうやら今年は比較的涼しいようで、朝晩はじっとしいるだけで汗が吹き出してくるということはない。
本当は3月からドカンと暑さが増し、4月5月は一年のうちで最も暑い時期になるはずなのだ。
もちろん、日中冷房のきいたオフィスにいる私は、暑さのピークである日中を知らないのだけれど。

この季節は、よく朝晩を問わず突然の豪雨にみまわれる。
遠くから真っ暗な雲が迫ってくると思ったら、渦巻くような強風と共に突然大雨が降りだしたりするのだ。
でも、嵐がダッカの誇りと熱を拭い去って行ったあとは、すっかりかき乱された空気が心地いい風になって、開け放った家の窓から窓へと抜けていく。


この季節は、新しいフルーツが登場する時期でもある。
代表的なのがマンゴーとライチ。
5月に入るとスーパーや市場ではほんのり黄色くなりかかったマンゴーや、茶色い皮にうっすらとピンクがのりはじめたライチを見かける。
でも、そこですぐに飛びついてはいけない。
果実がしっかりと熟して、いよいよ市場がにぎわい始めるのを待った方が賢明なのだ。

日本ではなかなかお目にかかることのできない生のライチ。
かつては楊貴妃が愛したというライチ。
今年、私は初めてフレッシュライチを口にした!
ライチは、個性的だけれども主張しすぎない上品な味と香りもさることながら、あのやわらかく弾力のある触感が、ついつい“もうひとつ”と手を伸ばさせているのだと思う。

普段は殺風景な我が家の冷蔵庫の中に、今は食べ盛りのマンゴーとライチがトロピカルな彩りを添えていて、小さくて手軽にちぎれるライチは、扉を開けるたびに誘惑してくるのだ。

今バングラデシュに来れば、そんなフレッシュなマンゴーとライチが食べられますよ!


Appadiyah* ~ in Dhaka ~-ライチ
市場に並ぶライチ☆
4月、5月は思ったよりも蚊が少ない。その代わりに蟻はたくさんいる。
蚊がいないと、あの強烈なケミカル臭を発するモスキートスップレー「AEROSOL」を使う機会が減るけれど、それでも部屋の中に一匹でも蚊が迷い込んでいたりすると、やはりどうしてもこの化学物質を思いっきり部屋に撒き散らしてしまう。

数週間前の夜、バスルーム兼ドレッシングルームにモスキートスップレーを撒いた。
その翌朝、私がドレッシングルームに足を踏み入れると、鏡の手前に茶色い小さなゴマ粒みたいなものが散らばっていた。
「ん?なんだこれは?」
しゃがんでよくよく見てみると、20~30匹の蟻が息絶えてそこに丸まっているのだ。
「モスキートスップレーは蟻にも効くのかぁ」
と、その時は特に気に留めることもなかった。

それから一週間ほど経って、再びスップレーを撒いた。
すると翌朝、また同じ場所に20匹ほどの蟻が横たわっていた。
「なぜ同じ場所に…しかも集団で?」
周りを見渡してみても、他の場所には特に逝去した蟻の姿は見当たらない。

$Appadiyah* ~ in Dhaka ~-蟻の集団死
こんな風に床の上に…


さらに数日が過ぎ、再びスップレーを撒いた。
その翌朝、またしても彼らは同じ場所に集団で丸くなっているのだ。
見ると4、5匹の蟻がまだかろうじて息をしていて、小さな体を震わせながら最後の力を振り絞ってもがいているかのように見え、もしスップレーの毒で苦しんでいるのだとしたら、なんと申し訳ないことをしたのだろうという罪悪感がわいてきた。

でもそれと同時に、まるで最後のときを共に迎えるかのように、彼らが自ら死に場所を選んで、こうして集団で同じ場所にやってきて息絶えていくということがとっても不思議で、なにか大発見をしたような興奮を覚えたのも確かだった。

なぜ、彼らは一緒に旅立っていくのだろう。



春?になり、アリが一斉に活動を始めた。

小さな茶色いアリが至る所で、しかしさりげなくひそやかに、時に列をなし時に単独で行進しているのだ。

やっかいなのは、食料の気配のないところにまで入り込んでくるために、彼らの行進の目当て、目的地が読めないところだ。

最近では、ノートパソコンにも複数のアリが徘徊していて、私がパソコンを開く度に、キーボードの上を徘徊していたアリたちはビックリしたようにパソコンの裏側やキーボードの中に入り込んでいってしまうのだ。
パソコンを掃除したり、ケースに入れたりと試みてみたけれど、結局、パソコンを使用していないときにはビニールバックに入れて洗濯ばさみで封をするという手段をとっている。

バスルーム件ドレッシングルームでも、途切れ途切れのきわめて希薄な列を作っているのだけれど、彼らがいったい何を目指しているのかが分からない。
そして、彼らは、壁や扉などの小さな穴を経由しているため、彼らのルートを徹底追跡できないことが多い。

面白いことに、一度アリの列を撃破すると、次回からは同じルートをたどらず、少し離れたところに新たなルートを構築しているのだ。
その新たルートもブロックした翌日には、その周辺から彼らの姿は消え去っていた。
これで彼らがあきらめたはずはなく、おそらくまた別の場所で新たな道を開拓しているのは確かだと思う。

こうしてブログを書いている間にも、ふと気づくと私の腕や脚、時には顔にまでアリがよじ登ってきて、どこを目指すでもなく動き回っている。

ん~、とりあえず、アリのシーズンが終わるのを静かに待つしかないかなぁ、、、とあきらめ、うまく共生していく方向で考えはじめている今日この頃です。
先日、コリアンマーケットで、
私の大~好きなLOTTEのGhana Milk Chocolateを発見!

久しぶりに、飛び上がるほど嬉しかった~目

もちろん韓国製だけど、味は同じだった。

あ~、神様ありがとう☆
ゴールデンウィーク休暇を使って、
日本から、はるばるダッカまで友達が遊びにきてくれました。

最近では、若い女性の一人旅人もチラ~リホラ~リと見かけるようになったバングラデシュ。
昨日はうちの近くで、アジアを自転車で旅しているというアイルランド人と出会いました。
かつてバックパッカーの聖地だったインドは、ヨガとアーユルベーダの神秘的なにおいをスパイスに、
今では大手旅行会社でも特集をくまれるほどの観光地に。
インドからしみ出してきた旅人たちが、まだ未開の地でありながら、最近一部では話題になっているバングラデシュに流れてきているのかもしれません。

今回来バした友達は昨年発行したばかりの「地球の歩き方~バングラデシュ~」を手にしながらも、
特にこれと言って観光目当てはなく、純粋に私を訪ねてきてくれたのでした。

私ははじめて会社に有休申請し、メーデーの5月1日を入れて計4日間のぐ~たらダッカめぐりを満喫。
家でダラダラと話したり、カフェでコーヒーを飲みながら時間を過ごしたり…
このなんでもないような時間の過ごし方が、なんだか日本にいるような錯覚に、気持ちよくおちいらせてくれたのでした。

旅好きでインドやネパールにも訪れたことがある彼女にとっても、バングラデシュは結構カルチャーショックだったらしく、私がここで生活しているということに「すごい、すごい」と連発していたのが、私はまるで他人事のようにおかしかったのです。

4日の夜、空港へ友達を送りに行き、チェックインをすませて入管へと進んでいく彼女の後ろ姿を見ながら、私にとってバングラデシュはもはや旅で訪れる場所ではなくなったんだなぁ、と改めて感じていました。
次に日本に帰っても、私の帰ってくる場所はダッカなのだなと。



Appadiyah* ~ in Dhaka ~-ショドルガー
Appadiyah* ~ in Dhaka ~-リンゴ

オールドダッカ近くのショドル・ガットにて
先月、久しぶりに「最近の日本の若い男子」に会った。

”あいのり”でバングラデシュを旅していた男子二人で、
どうもバングラデシュが気に入ってしまったらしく、ロケが終了し日本に帰国してから、
あらためて二人で遊びにきたとのこと。

一人ははじめからラブワゴンに乗っていた人で、あいのり第2話まで見ていた私は、
「あ~あの熱出した人だよね!」とちょっと興奮気味。


Appadiyah* ~ in Dhaka ~-あいのり二人組

我が家のソファーに座って、マンゴー&パッションフルーツジュースを飲む二人。

服装も会話もまさに今時の若者で、いや~なんか新鮮だったなぁ。

i-phoneの調子が悪く、先日修理に出した。
まだ購入して4ヶ月も経っていないのに、バッテリーの消耗がおどろくほど速いのだ。

ダッカのアップルストアーではi-phoneは取り扱っていないので、
バングラで使われているi-phoneは、個人的に海外から買ってきたシームロック解除された機種か、
個人的に海外から輸入して店頭で販売されているものだ。

ボッシュンダラ・シティ1階の一角に並ぶ携帯ショッップの奥に、ハンダゴテを持ったおにいちゃんがいた。

理由を話すと、彼は私のi-phoneを解体して中のパーツや電力などをチェックし始めた。
長い診察の結果、何らかの理由によりバッテリーの電圧だか電流が弱くなっている…といった内容の診断を下された。
治療法は、パーツの一部の移植のみ。費用6000タカ。
どんな訳ありなんだか分からない同じモデルの中古のi-phoneから、同じパーツを移植するのだという。

一瞬ためらったが、イチカバチかで私のi-phoneを彼に託すことにした。

Appadiyah* ~ in Dhaka ~-携帯修理01
これが彼の作業場


Appadiyah* ~ in Dhaka ~-携帯修理02
解体されていく私のi-phone 3G


オリジナルの部品をとられたり、適当な修理をされないように、私は1時間ずっと彼の前で仕事を観察。
躊躇無く部品を解体していく手さばきはキレイだったのだけれど、例のパーツを交換したようにはどうしても見えなかった。。

パーツ交換(?)後も、電圧はあるべき数値を示さない。
途中から私が彼の隣に座ってチェックしていたので、部品交換してハイ終わり!というわけにはいかず、最終的には電子パーツとパーツを銅線のようなものでつなぐバイパス手術を施していた。
すると、電圧計の針はおそるおそる目標値まで上がっていった。
私も一応目の前で確認したので、それが適正な処置であったのかどうかは分からないが、とりあえず納得するしかなく、彼は満足そうにうなずいてすべての部品を元通りに戻していった。

「何か問題があったら、いつでも連絡してください」

と快い対応をしてくれた彼にお礼を言って、閉店準備に入った店をあとにした。

あれから数週間経つけれど、私のI-phoneの容態は一向に変わらず。
携帯が壊れなかっただけ良かったとも思うが、あの無意味な開腹バイパス手術に6000タカも払ったのかと思うと、やはり損をした気分になる。


ポヘラ=1日(ついたち)
ボイシャク=年初めの月
つまり、元日。

4月14日はベンガル暦の元日で、この日ベンガル新年1418年が明けたのでした。

バングラデシュでは、西暦の1月1日ではなく今でもこのベンガル暦の元日を新たな年の始まりとして祝う人がほとんど。
1月1日が通常勤務日であるのに対して、ポヘラ・ボイシャクは国の祝日となっていることからも、このふたつの暦に対する意識の差は明らかといえるでしょう。

今年は14日が木曜日だったため、木金土と3連休になり、きっとダッカで働く多くの人たちが田舎に帰って家族や親戚たちとともに新年を迎えたのだろう。


新年に食べるものは?と聞くと、「パンタライス」と「イリッシュ・マース」という答えが返ってくる。
(※ マース=魚)

パンタライスとは、前日夜から炊きあがったご飯に水をかけておき、翌朝すっかり水気を含んでふくらんだご飯のこと。
イリッシュ・マースはバングラデシュで最も有名な川魚で、国を代表する魚と言っても過言が無いのだけれども、近年は海外への輸出が盛んになり市場価格が上昇ぎみ。そして、ポヘラ・ボイシャク直前にもなると更に価格は跳ね上がってしまう。
私個人的には、川魚よりもやっぱり海魚が好きで、最近はコーラル・マースがお気に入りだ。

ダッカでは、ダッカ大学近くのロムナ・パークに本当に多くの人たちが集まって歌を歌ったり踊ったり、ステージを楽しんだりするらしい。
うちからそう遠くない公園でもちょっとしたお祭り騒ぎがある…とイドリスが言っていたのだけれど、結局私は一日中家にいて、夜はハスピアの家のダワット(=家に招待すること)に行ってきた。
この日、女性は赤と白のサリーかサロワ・カミーズを着るのが習慣なのだが、私は持ち合わせが無かったのでブルー系のサリーを着てダワットへ。
(日本の着物は着れないけれど、サリーはすっかり自分でも着れるようになった)
ハスピアの家族とはこの日が初対面。ともに英語の教師という両親を持つ息子さんたちは、二人ともとても優秀。
特に、学生時代にDaily Star(バングラデシュの新聞)から声がかかって同紙に記事を書いたり、ドキュメンタリーを中心とした写真を撮っているという次男とは気が合って、私は久しぶりの写真トークを楽しんだのだった。
(彼の専門は確か薬学…で、先月からタイのバンコクの大学で博士号課程にあるとのこと)

東北関東大震災の後、私は静かに多くのことを物語る写真の強さを改めて感じていたところだった。
地震直後、日本ではおそらくどのチャンネルを回しても、押し寄せる津波や一夜にして変わり果てた被災地の映像が毎日放送されていたのでしょうが、海外にいるとそういうわけにはいかない。
ネットを頼りに情報を模索していると自然と多くの写真にヒットしていき、あるべき場所から遠く運ばれた場所に倒れる家や人々の表情、一夜明けて朝日を受けて輝く東北海岸沿いの海などの写真をめくりながら、私はそれらの写真が、流れる時間の中で目の前で“カシャッ”と音を立てて静止したような、そしてそのフレームの中に止まった映像が静かに色々なことを語りかけてくるような、そんな感覚を覚えていたのだ。そして「写真ってそうだったよなぁ」と、写真をゆっくりと眺めたのも久しぶりだった。


ともあれ、
バングラデシュは新たな年を迎え、このポヘラ・ボイシャクを境にこれから日増しに気温と湿度が上がっていき、今まさに次の季節へと移行していく時期にあるわけです。
今朝、出勤の前にガソリンを補充しようとヒュエルステーション(ガソリンスタンド)へ立ち寄った。

CNG(ガス)の安いバングラデシュではオイルよりもCNGで走る車が圧倒的に多い。
値段は3~4倍は違ったような気がする。
ただし、CNGのヒュエルステーションは朝の数時間と夜の(確か)20時以降しか開店していないため、毎朝長蛇の列に並ばなければならないのだ。
幸か不幸か、私の車はCNGにすると機械構造上リスクがあるとのことでオイル車のままにしてあるため、値段は高くつくけれど、何時間も待たされることがないという点では、やはりポイントは高い。

それはさておき、
ヒュエルステーションについた私は、いつものようにドライバーのイドリスに外に出て確認するように伝えた。
何故か…
ここでは、値段やガソリンの量をごまかしたりすることが多々あるからだ。

ドライバーにガソリン(またはCNG)の補充を任せる人が多いため、ドライバーとヒュエルステーションのスタッフが提携して、領収書をごかまし、二人で上乗せした金額をシェアするというのはよくある話だ。
特に、家の近くの馴染みのステーションは要注意。
また、違うオイルを混ぜたガソリンを使っている場合もあるのだが、さすがにそこまでは確かめることはできない。


私はイドリスに1000タカ渡して車の中に座っていた。
スタッフがガソリンを入れている間、イドリスは他のスタッフと話している。
エンジン音の消えた静かな車内の後部座席に座って、何気なくガソリンメーターが上がっていくのをただぼーっと眺めていた。
するとメーターが止まった。
「539タカ/7.39ℓ」
まだ注文した量の半分だ。
続き待っていると、スタッフはクルクルとキャップを締め始め、その向こうでイドリスはすでに会計をすませている。

(ん?イドリス、500タカ分に減らしたのかな?)

(いや、何かがおかしい)

イドリスが戻ってくるなり、私は領収書を確認した。
「1000タカ/12.78 ℓ」


私「イドリス、なんで1000タカって書いてるの?彼は500タカ分しか入れてないでしょ!」

イ「いや、1000タカ分ですよ」

私「違うよ、私はずっとメーターを見ていたんだから間違えないよ!」

イドリス「1000タカ入ってますよ」

私「何を言ってるの?メーターにちゃんと出てたでしょ。なんでちゃんと確認しなかったの?」

イドリスは少し焦っているような様子で、とにかく他の車が来ているから少し前に車を出そうと言って移動した。
そして、さっきのスタッフと話をしてくると言って扉をあけた。

私「いやっ、私が行く!」

彼が行って話したところで、二人で1000タカだったと確認しあって何事もなかったように戻ってくるのは明らかだった。

私は、ガソリンをごまかした細身の青年のところへ駆け寄った。

私「ちょっと、なんで500タカ分しか入れてないのに、ここには1000タカって書いてあるの!おかしいでしょ」

彼は、後ろから車がくるからと私を手で追いやりながら、「何を言ってるんだ、ちゃんと1000タカ分いれただろ」と仕事の手を止めることも無く言い放った。

私「ちょっとあんた、私のドライバーにグシュ(賄賂)渡してるの?」

XS△$◎★#X◎AJOFX$C★X◎X¥#X*V★DOAS !

 ”バチバチッ”

私は何度か食い下がったが、メーターの証拠が消えてしまった今となっては勝敗は明らかだった。
このままだと、会社にも遅刻してしまう。
振り返ると、イドリスは運転席のドアを開けて私の方を見ている。
私は車に戻って、とりあえず会社に向かうことにした。


私「イドリス、なんでちゃんとメーターを見ていなかったの?」

イドリス「メーターはちゃんと1000タカだった」

私「イドリス、なんでそんな嘘をつくの?あなたはそこのスタッフと話していて、メーターは見ていなかったでしょ」

 「…………………」

イドリス「……メーターは見ていなかった」(つぶやく)

私「イドリス、ミスは誰でもあるんだから仕方ないけれど、嘘をつくのは良くないでしょ」

失ったのはたったの500タカだが、こうやって目の前で不正を行いながら平気な顔をしていたり嘘をついたりすることにいらだっていた。
とはいっても、バングラデシュにいては、このくらいのことで腹を立てていたら、自分が高血圧脳卒中で倒れてしまうだけなのだけれど。

私を会社まで送り届けたイドリスは、そこのヒュエルステーションのマネージャーが古くからの友人だから話してみると言って去っていった。

私は、イドリスがヒュエルステーションのスタッフと提携して賄賂をもらっているなんていう考えは全くなかった。
しかし、しばらくしてふとさっきのイドリスの反応や、話が少しずつ変わっていったこと等が頭の中によみがえってきて、もしかして…という疑惑がわいてきたのも確かだ。


残念なことに、バングラデシュでは、人が人を信用するのはとても難しい…と、ほとんどのバングラデシュ人が言う。
メイド、ドライバーに限らず、会社のスタッフも社内に立ち入る業者と一緒になってお金をごまかしたり、親しいと思っていた友達のと間でもお金辛みでトラブルになったり。
言い出したらキリがないほど、誰もが金銭トラブルを経験し、必要以上の懐疑心を持ちながら慎重に行動しなければならず、それがここでは当たり前の状態になっているのだ。

グシュ(賄賂)は、この国の政治を腐敗させているだけではなく、全ての階層にわたって広く浸透していて、毎日至る所で誰かのポケットからポケットへと見えないお金がまわっているのだ。


ベンガル人をよく知るベンガル人たちに言わせると、イドリスもちょっと怪しい…らしいが、とりあえず今回ははじめてかつ証拠がないので、私はイドリスを疑うのはやめようと思う。

朝からヒュエルステーションで喧嘩とは…私もバングラ人化してきてるのだろうか。