スピーチを成功させる魔法
こんにちは。Gensoです。
専門学校時代、色々な授業を担当したのですが、
辞めるまでの数年間は、ゲームを作る勉強をする
学科を担当していました。
新入生が入ってくると、一番最初の授業で
「ゲームとはなんぞや?」
というテーマでグループディスカッションしてもらって
いました。
ここでいうゲームとは、PS3やWiiなどの
いわゆるテレビゲームのことです。
PS3などのゲーム機は一種のコンピュータなので、
ゲームソフトもコンピュータを動かすプログラムの一種
です。
そういう意味ではワードなどのソフトとゲームソフトは
同じものです。
が、
「ワードはゲームか?」
と聞かれれば、ほとんどの人は
「ちがう」
と答えると思います。
では結局のところその違いはなんでしょう?
というのが、
「ゲームとはなんぞや?」
という問いになるわけです。
最初は学生たちもよろこんでディスカッションを
始めます。
「シナリオがあったらゲーム」
「敵が出てきたらゲーム」
「キャラクターがあればゲーム」
「効果音があったらゲーム」
などなど。
ところがそれに対して私が反論していきます。
「パズルゲームにシナリオってある?」
「テトリスに敵がでてきたっけ?」
「テレビの音を消したらゲームはできない?」
さらに学生たちを困らせるようなことを言います。
「過去には音だけのゲームって言うのもあったよ」
「ワードで1分間に1000文字入力するというルールを
決めて友達と競争したら、それはゲーム?ゲームじゃない?」
ここまで来ると学生たちは
「う~ん・・・」
と唸って考え込んでしまいます。
私は狙いが当たって
「しめしめ・・・」
と内心ニヤニヤします。
ヤな先生ですね。
さて、あなたならどう答えますか?
一応私個人の解釈では、という前提で答えを言います。
「ゲームとは人生のシミュレーションである」
です。
例えば、
弾を撃ったら百発百中、エンディングまで一気にいける
シューティングゲームがあったら面白いですか?
何回やっても絶対自分が一番になれるレースゲームが
あったら面白いですか?
。。。
つまらないですよね。
実はゲームに必要な要素というのは、
「自分でコントロールできない要素を、努力と研究で
克服することで目的を達成する」
という仕掛けなのです。
で、これは実は多くの人が人生に求めているものです。
今は思い通りにならないけど、やがて自分の努力が実を
結んで自分は幸せになる。
そういうストーリー性です。
一言で言えば「ドラマ」です。
人はドラマを味わいたくて、わざわざお金を払って
ゲームをするのです。
そしてこれは人間が持っている本能的な欲求です。
ゲームに限らず、あらゆる場面で人はドラマを求めます。
スピーチも同じです。
最初はうまくいかなくて、何度も何度も失敗して
「もうダメだ」とあきらめかけたとき、
ふとしたキッカケで逆転が始まり、ついには目的を達成する
このドラマが盛り込まれたスピーチは、ほぼ例外なく
人の心に残ります。
スピーチを成功させる魔法です。
今日もこのブログを読んでいただいたあなたに感謝します。
ありがとうございました。
専門学校時代、色々な授業を担当したのですが、
辞めるまでの数年間は、ゲームを作る勉強をする
学科を担当していました。
新入生が入ってくると、一番最初の授業で
「ゲームとはなんぞや?」
というテーマでグループディスカッションしてもらって
いました。
ここでいうゲームとは、PS3やWiiなどの
いわゆるテレビゲームのことです。
PS3などのゲーム機は一種のコンピュータなので、
ゲームソフトもコンピュータを動かすプログラムの一種
です。
そういう意味ではワードなどのソフトとゲームソフトは
同じものです。
が、
「ワードはゲームか?」
と聞かれれば、ほとんどの人は
「ちがう」
と答えると思います。
では結局のところその違いはなんでしょう?
というのが、
「ゲームとはなんぞや?」
という問いになるわけです。
最初は学生たちもよろこんでディスカッションを
始めます。
「シナリオがあったらゲーム」
「敵が出てきたらゲーム」
「キャラクターがあればゲーム」
「効果音があったらゲーム」
などなど。
ところがそれに対して私が反論していきます。
「パズルゲームにシナリオってある?」
「テトリスに敵がでてきたっけ?」
「テレビの音を消したらゲームはできない?」
さらに学生たちを困らせるようなことを言います。
「過去には音だけのゲームって言うのもあったよ」
「ワードで1分間に1000文字入力するというルールを
決めて友達と競争したら、それはゲーム?ゲームじゃない?」
ここまで来ると学生たちは
「う~ん・・・」
と唸って考え込んでしまいます。
私は狙いが当たって
「しめしめ・・・」
と内心ニヤニヤします。
ヤな先生ですね。
さて、あなたならどう答えますか?
一応私個人の解釈では、という前提で答えを言います。
「ゲームとは人生のシミュレーションである」
です。
例えば、
弾を撃ったら百発百中、エンディングまで一気にいける
シューティングゲームがあったら面白いですか?
何回やっても絶対自分が一番になれるレースゲームが
あったら面白いですか?
。。。
つまらないですよね。
実はゲームに必要な要素というのは、
「自分でコントロールできない要素を、努力と研究で
克服することで目的を達成する」
という仕掛けなのです。
で、これは実は多くの人が人生に求めているものです。
今は思い通りにならないけど、やがて自分の努力が実を
結んで自分は幸せになる。
そういうストーリー性です。
一言で言えば「ドラマ」です。
人はドラマを味わいたくて、わざわざお金を払って
ゲームをするのです。
そしてこれは人間が持っている本能的な欲求です。
ゲームに限らず、あらゆる場面で人はドラマを求めます。
スピーチも同じです。
最初はうまくいかなくて、何度も何度も失敗して
「もうダメだ」とあきらめかけたとき、
ふとしたキッカケで逆転が始まり、ついには目的を達成する
このドラマが盛り込まれたスピーチは、ほぼ例外なく
人の心に残ります。
スピーチを成功させる魔法です。
今日もこのブログを読んでいただいたあなたに感謝します。
ありがとうございました。
いじめられっ子の勇気
こんにちは。Gensoです。
中学時代、私は自分にはなんの取り柄もないと
思っていました。
性格は内向的で、誰に聞いても私のことを
「暗い」
と口を揃えるような人間でした。
運動も苦手で、サッカーなんてしようもんなら
足が早くてスポーツバリバリの子から
「ジャマだからボールに触るな!」
と怒鳴られる。
唯一学校の勉強は出来た方でしたが、
せいぜい上の下くらい。
それも高校に入ると下から数えたほうが早かったです。
(模擬試験で学年360人中ビリから9番目になったこともあります)
軽いイジメも経験しました。
自殺するほど深刻なものではありませんでしたが、
自分でもいじめられることに妙に納得しているところも
ありました。
おかしな話でしたが。
でも、そんな中学生だった私が、
本気で喧嘩をしたことがあります。
相手は同じクラスの男。
最初は仲良くしていました。
ところがあるとき、その彼がどうしても許せないことを
したのです。
「私の一番中の良かった友人をバカにした」
のです。
しかも、本人のことではなく、親友の家の事情を
バカにしたのです。
その親友はお父さんと弟の3人暮らしで、
家も裕福そうには見えませんでした。
そこをバカにしたのです。
その瞬間、私は頭に血がのぼりました。
でも一瞬どうするか迷いました。
というのも、その彼は学校でちょっと不良っぽい
グループと付き合いがあったのです。
そっち系の先輩にも可愛がってもらっていたようです。
でも・・・
私はどうしても我慢ができないと思いました。
彼に対して宣戦布告しました。
と言っても根が暗い人間なので、彼に対して
不機嫌な対応をする、という消極的な方法でしたが^^;
日が経つに連れ、相手も私がどうやら嫌っているということ
が分かってきたらしく、お互いの関係は険悪になりました。
そしてある日。
その彼が休憩時間中にちょっかいを出してきました。
先生は教室にいません。
それまでは鬱陶しいと思いながらも無視していたのですが、
我慢の限界に達した私は自分でもビックリするような行動を
とりました。
ツカツカと彼の前に進むと、無言で
「バゴッ!!!」
とみぞおちにパンチを入れたのです。
不意をつかれた彼は床に倒れこんでのたうちまわりました。
周りの子たちは、何よりも私がそんなことをするとは思ってもいなかった
ので、シーンと静まり返りました。
内心はドキドキしていました。
「こんなことをして怖い先輩が仕返しに来たらどうしよう」
とも思いました。
実際そんなこともありました。
でも、結果として何も起きませんでした。
怖い先輩に呼び出されましたが、お互いににらみ合ったまま
その場は終わりました。
その時、私の中にあった思いは、
「親友のためにオレは情けない態度をとってはいけない」
という思いでした。
自分がいじめられたときに、抵抗したことは一度もありません。
なすがままでした。
でも、親友のためであればそうはいきませんでした。
私が謝るということは親友が侮辱されたことを認めるということでした。
それだけはできませんでした。
それをすれば、自分が本当に価値のない人間になって
しまうような気がして、怖かったけど必死で耐えました。
すると、問題の彼と仲が良いと思っていた不良っぽいグループの
子たちともいつの間にか仲良くなっていました。
私の中の必死だった思いが彼らの中の何かに触れたのかもしれません。
結局大きな問題もなく中学を卒業しました。
思えば、誰かのために勇気を出して行動した最初の経験だったかもしれません。
あなたにもそんな経験ありませんか?
今日もこのブログを読んでいただいたあなたに感謝します。
ありがとうございました。
中学時代、私は自分にはなんの取り柄もないと
思っていました。
性格は内向的で、誰に聞いても私のことを
「暗い」
と口を揃えるような人間でした。
運動も苦手で、サッカーなんてしようもんなら
足が早くてスポーツバリバリの子から
「ジャマだからボールに触るな!」
と怒鳴られる。
唯一学校の勉強は出来た方でしたが、
せいぜい上の下くらい。
それも高校に入ると下から数えたほうが早かったです。
(模擬試験で学年360人中ビリから9番目になったこともあります)
軽いイジメも経験しました。
自殺するほど深刻なものではありませんでしたが、
自分でもいじめられることに妙に納得しているところも
ありました。
おかしな話でしたが。
でも、そんな中学生だった私が、
本気で喧嘩をしたことがあります。
相手は同じクラスの男。
最初は仲良くしていました。
ところがあるとき、その彼がどうしても許せないことを
したのです。
「私の一番中の良かった友人をバカにした」
のです。
しかも、本人のことではなく、親友の家の事情を
バカにしたのです。
その親友はお父さんと弟の3人暮らしで、
家も裕福そうには見えませんでした。
そこをバカにしたのです。
その瞬間、私は頭に血がのぼりました。
でも一瞬どうするか迷いました。
というのも、その彼は学校でちょっと不良っぽい
グループと付き合いがあったのです。
そっち系の先輩にも可愛がってもらっていたようです。
でも・・・
私はどうしても我慢ができないと思いました。
彼に対して宣戦布告しました。
と言っても根が暗い人間なので、彼に対して
不機嫌な対応をする、という消極的な方法でしたが^^;
日が経つに連れ、相手も私がどうやら嫌っているということ
が分かってきたらしく、お互いの関係は険悪になりました。
そしてある日。
その彼が休憩時間中にちょっかいを出してきました。
先生は教室にいません。
それまでは鬱陶しいと思いながらも無視していたのですが、
我慢の限界に達した私は自分でもビックリするような行動を
とりました。
ツカツカと彼の前に進むと、無言で
「バゴッ!!!」
とみぞおちにパンチを入れたのです。
不意をつかれた彼は床に倒れこんでのたうちまわりました。
周りの子たちは、何よりも私がそんなことをするとは思ってもいなかった
ので、シーンと静まり返りました。
内心はドキドキしていました。
「こんなことをして怖い先輩が仕返しに来たらどうしよう」
とも思いました。
実際そんなこともありました。
でも、結果として何も起きませんでした。
怖い先輩に呼び出されましたが、お互いににらみ合ったまま
その場は終わりました。
その時、私の中にあった思いは、
「親友のためにオレは情けない態度をとってはいけない」
という思いでした。
自分がいじめられたときに、抵抗したことは一度もありません。
なすがままでした。
でも、親友のためであればそうはいきませんでした。
私が謝るということは親友が侮辱されたことを認めるということでした。
それだけはできませんでした。
それをすれば、自分が本当に価値のない人間になって
しまうような気がして、怖かったけど必死で耐えました。
すると、問題の彼と仲が良いと思っていた不良っぽいグループの
子たちともいつの間にか仲良くなっていました。
私の中の必死だった思いが彼らの中の何かに触れたのかもしれません。
結局大きな問題もなく中学を卒業しました。
思えば、誰かのために勇気を出して行動した最初の経験だったかもしれません。
あなたにもそんな経験ありませんか?
今日もこのブログを読んでいただいたあなたに感謝します。
ありがとうございました。
悩んでいます
こんばんは。Gensoです。
私は今悩んでいます。
今日でブログを初めて1週間が過ぎました。
これまでは私が今までの人生で得た体験・知識を
書いてきましたが、
「本当にこれは読んでいただいている方に有益なのか?」
と思うようになりました。
悩んでいます。
あなたの本当に知りたいことはなにか?
何に困りどのようになったらうれしいと
思っているのか?
よろしければ教えてください。
コメントでもメッセージでも結構です。
お願いします。
今日もこのブログを読んでいただいたあなたに感謝します。
ありがとうございました。
私は今悩んでいます。
今日でブログを初めて1週間が過ぎました。
これまでは私が今までの人生で得た体験・知識を
書いてきましたが、
「本当にこれは読んでいただいている方に有益なのか?」
と思うようになりました。
悩んでいます。
あなたの本当に知りたいことはなにか?
何に困りどのようになったらうれしいと
思っているのか?
よろしければ教えてください。
コメントでもメッセージでも結構です。
お願いします。
今日もこのブログを読んでいただいたあなたに感謝します。
ありがとうございました。
「できる」と「できない」の境目
こんにちは。Gensoで す。
前回の続きです。
何度やっても泳げなかった子が突然泳げるようになる、
その回数とは?
。。。
「100回」です。
実は泳げない間というのは変化がないわけではなく、
逆に脳が成功するためのパターンを必死で試している
のだそうです。
そしてついに成功したとき、一気にできるようになる
というわけです。
何かに挑戦するとき「100回」試す前に諦めてしまうのは
非常に勿体無いことですね。
今日も読んでいただいたあなたに感謝します。
ありがとうございました。
前回の続きです。
何度やっても泳げなかった子が突然泳げるようになる、
その回数とは?
。。。
「100回」です。
実は泳げない間というのは変化がないわけではなく、
逆に脳が成功するためのパターンを必死で試している
のだそうです。
そしてついに成功したとき、一気にできるようになる
というわけです。
何かに挑戦するとき「100回」試す前に諦めてしまうのは
非常に勿体無いことですね。
今日も読んでいただいたあなたに感謝します。
ありがとうございました。
だからあなたはできなかったんですよ
こんにちは。Gensoです。
前回の記事は、ある小学校の先生が発見した
■クラスの90%以上の児童が25mを
泳げるようになった指導法
についてでした。
今回はその正体を書きます。
その前に、この先生が具体的にどのように
指導に行き詰っていたのかからお話します。
通常、小学生が授業で水泳を始めると、
最初は回数を経るごとに泳げる距離が
伸びていくそうです。
5m
7m
10m・・・
ところが、途中でそのまま25m泳げる子と
そうでない子にわかれてしまいます。
泳げないグループは平均すると、大体
「17mあたり」
でピタリと伸びが止まるんだそうです。
そしてここからは何回挑戦しても同じ距離で
足をついてしまいます。
10回、20回と挑戦しても結果は変わりません。
ところが、この先生はある時、そこからさらに
続けて泳がせてみたそうです。
すると・・・
ある回数を超えたあたりで突然泳げるようになった子が
続出したんだそうです。
その回数とは
と、時間が来てしまいました。
(じらすつもりはないんですがすみません)
続きは次回。
今日もこのブログを読んでいただいたあなたに感謝します。
ありがとうございました。
前回の記事は、ある小学校の先生が発見した
■クラスの90%以上の児童が25mを
泳げるようになった指導法
についてでした。
今回はその正体を書きます。
その前に、この先生が具体的にどのように
指導に行き詰っていたのかからお話します。
通常、小学生が授業で水泳を始めると、
最初は回数を経るごとに泳げる距離が
伸びていくそうです。
5m
7m
10m・・・
ところが、途中でそのまま25m泳げる子と
そうでない子にわかれてしまいます。
泳げないグループは平均すると、大体
「17mあたり」
でピタリと伸びが止まるんだそうです。
そしてここからは何回挑戦しても同じ距離で
足をついてしまいます。
10回、20回と挑戦しても結果は変わりません。
ところが、この先生はある時、そこからさらに
続けて泳がせてみたそうです。
すると・・・
ある回数を超えたあたりで突然泳げるようになった子が
続出したんだそうです。
その回数とは
と、時間が来てしまいました。
(じらすつもりはないんですがすみません)
続きは次回。
今日もこのブログを読んでいただいたあなたに感謝します。
ありがとうございました。