このアルバムの曲を全曲通して演奏したとき、なんて盛りだくさんな内容なんだろうと今さらながらビックリしてしまった。これだけのものをライブで再現しようとしているのだから、演奏していて、満足感がホント半端無い!
ビートルズがアイドル的な存在でありながら演奏や作曲も抜群なのは言うまでもないことだろうけど、このアルバムではそのただでさえ素晴らしい楽曲や演奏に、エンジニアとの共同作業による革新的な音作りまで加わってしまう。ビートルズにはとても叶わないとは多くの人が思うことだろうけど、ビートルズだけじゃなくて、そのスタッフたちまでも含めた「ビートルズ」というブランドは「本当に誰も叶わないチームの名前なんだな」、なんて思う。
 私はドラマーという立場もあって音の加工の技術は他の人に任せてしまう部分が多いのだけれど、音作りの技術革新によって語られることの多い、このアルバムでも相変わらず純粋に音楽そのものが良いってことは強調しておきたい。音作りのことなんて何もわからない人が聴いたって音楽そのものが素晴らしいのだから、やっぱりそこがすごいのだと思う。
 今日のライブでは、普通にはライブで再現できない曲やサウンドをどうやってCD音源に近づけて再現しているかにも勿論注目して欲しいけれど、純粋にライブとして演奏されるRevolverの曲たちの魅力を楽しんで貰えたらと思っています!
 アルバム『Revolver』は本当に大好きな曲が多いのですが、中でもHere There And Eeverywhereには特別な思い入れがあります。
中学2年生の時、Let It Beを聴いてビートルズに目覚めてからというもの、ポールのようになりたいと思い、歌、ギター、ベース、ピアノの練習に、日々、明け暮れていました。
そんな毎日から数年が経ち、少しはまともな演奏ができるようになった高校生の頃、母親が経営するレストランで時折BGMを気取って、お客さんの前でピアノを披露したりしていました。聴いて下さるお客さんの中に地元の成人式の企画を担当する方がたまたまいた関係で、ビートルズを演奏する高校生がいるのは面白いと成人式の企画の一部としてピアノを演奏することになりました。初めての大舞台、しかも出演料まで頂ける。
その話が決まってからというもの、少しでも喜んで貰えるようにと一生懸命練習したのですが、その成人式で演奏する曲目の中にHere There And Everywhereがあったのです。
本番はピアノののみのインストゥルメンタルとして演奏したのですが、あまりの緊張で大きなミスをしてしまいました。出演後、もの凄く悔しくて、涙を流したことは今でも忘れられません。
 現在、色々なところでビートルズの演奏をさせてもらってるのですが、「お客さんに対しても自分に対してもあんな演奏を二度と繰り返さないぞ」というが気持ちがこの仕事に対する原動力になっているような気がします。
 Here There And Everywhereは『初心』を思い出させてくれる特別な曲です。
(少々マニアックな方へ捧ぐ)
 Rubber Soulという誰もが認める一大傑作をモノにした後もビートルズは立ち止まらなかった。
本作のレコーディングを終えたのが66年の6月21日というから、ビートルズはこのアルバムを作り終えてから1週間そこそこで初来日を果たしたことになる。ということは、現代であれば夏発売の最新アルバムであるRevolverから一曲初披露ということがあっても良いのではないか。
 想像してみて欲しい!
いまとなっては時代を感じさせる武道館のカラー・フィルムに収まるジョンがTomorrow Never Knowsを仁王立ちで歌う姿を!否、僕には全く想像できない。
Eleanor Rigbyを弦楽をバックにめかし込んだポールが歌う姿やリンゴが楽しげにYellow Submarineを歌い歩く姿は想像できても(というかそういう光景は現に存在するのであるが)、Tomorrow Never Knowsではとても無理である。
もし、初来日したビートルズがあの武道館のステージでTomorrow Never Knowsを演奏したとしたら、これはやはりもの凄い異様な光景になったのではないだろうか。
 ビートルズはライブをやっていた時代からアルバムの中の曲を全てライブで披露していた訳ではないから、ライブでは感じが出しにくい曲やあまりお客さん受けしなさそうな曲を演奏しないのは別に不思議なことではない。事実、Rubber Soulまでの曲はその気になればどれも4人で演奏できる曲ばかりであった。だが、このアルバムからは曲に応じて、ライブでの再現にはとらわれない自由なサウンドの選択がなされるようになったのだ、ということになっている。勿論、それは一理も二理もある話ではあるのだが、Tomorrow Never Knowsに関して言えば、そういったインフラの整備で解決される問題ではないと思う。
 このアルバムに収録されている圧倒的なクオリティとポピュラリティを誇るポールの傑作のうちのいくつかが4人編成のロック・バンドという形態へのアンチ・テーゼとなっているのとは対照的に、このアルバムに収録されているジョンの作品は既存のロックンロールだとかポップ・ミュージックそのものに対するアンチ・テーゼとなっているように思う。厭世的メンタリティで埋め尽くされたI'm Only Sleeping、死というテーマを巡ってかわされる、未知への恐怖・羨望・嫉妬・嫌悪が入り交じった会話の一部始終を記録したShe Said, She Said、LSDを処方してくれる怪しげな医師を風刺的に描写したDr Robert、やっぱり自分が一番わかっているのだという自負心が垣間見えるAnd Your Bird Can Sing、とまあ、題材の方向性は益々ポップ・ソングの自意識とはかけ離れたものになっていることがよくわかる。そして、その極北に位置するのが、LSD使用による現代西洋文明からの解脱を説いたティモシー・リアリーによる『チベット死者の書-サイケデリック・バージョン』の音楽版とも言うべきTomorrow Never Knowsであったという訳だ。 
ひたすらCコードのみをループさせる音楽形式やジョンの「ダライ・ラマが山の頂上から説法しているような感じの声にしてくれ」という無茶な要求も、「ロック・ミュージシャン=現代における宗教家」という図式を想起させる最初の例であるように思う。
 アルバムRevolverを聴くことはラストのTomorrow Never Knowsに至るまでの極めて刺激的な旅であるが、その最後にあるのは今まで当たり前にしてきた「日常」から離脱する生き方への誘いであり、それは同時に当たり前の「日常」のバック・グラウンド・ミュージックであったポップスからビートルズが脱皮することを意味したはずだ。
1966年6月30日、武道館開館以来初の音楽ライブがビートルズによって実現した。
 さすがのジョン・レノンでも歌えるはずがない。