ビートルズのアルバムにおいて、Sgt. Pepper'sほど「ビートルズのアルバム」だとか、いわゆる「音楽アルバム」という文脈からかけ離れた評価を受けているアルバムも他に無いように思う。
誤解を恐れずに言わせて貰えば、このアルバムが他のアルバムに比して特段に粒ぞろいの楽曲が揃っているなどということはないと思う。また、サウンドやビジュアル・コンセプトをSgtと多く共有する同時期の次作「Magical Mystery Tour」を除外して、このアルバムのみを特別視する理由は少なくとも音楽的、美術的には見当たらない。ましてや、ジョン・レノンという人のソング・ライティングに着目すると彼にとって代表作といえるような曲は「Lucy In The Sky With Diamonds」くらいのもので、ポールにも負けないメロディストとしての彼の資質がその巧みな詩作とより調和した形で提示されている曲はGood Morning Good MorningやBeing For The Benefit Of Mr.Kiteなどではないだろうと思う。
では、何故Sgtはここまで別格的な扱いを受けているのだろうか。
一言で言えば、それは音楽でありながら音楽を超えた存在になったからだろうと思う。
もちろんこのアルバムが斬新でバラエティに富む楽曲とサウンドの納められた優れた音楽アルバムであることに間違いはなく、そこに当時も今も多くのリスナーを惹きつける要因があることに異論はない。だが、それだけでは語りきれない強い魅力がこのアルバムにはあるらしく、初めて聴いたときにはそれが何であるかまるで僕には伝わってこなかった。しかし、ビートルズに関するありとあらゆる文献や情報を読み漁り、時代背景を知り、楽曲、アルバム単位でのコード・ワーク、サウンド、メロディ、歌詞の変遷を追った今ならわかる気がする。もし仮にあらゆる文脈から解き放たれた音による純粋芸術などというものがあるとして、音楽の本質がそこにあるというならこのアルバムはその任には相応しくないだろう。だが、音楽はきっとそんなものではなく、音楽を聴く、楽しむという行為は、音楽の流れる環境や時代の雰囲気、隣にいた友人や恋人、家族などその他諸々雑多で複雑に絡み合った文脈全体を味わうことなのだと思う。
僕が音楽を作ったり、演奏したりするときに最も大切にしている感覚は「懐かしい」という感覚だ。あるメロディ、ある曲を聴いたときにそれが初めて聴くものであっても何故か懐かしい「生まれるよりももっと前にいたどこか、自分の魂のふるさと」を呼び起こしてくれるような感覚を覚えることがある。あるいは、もっと明確に自分が輝いていた、一生懸命に生きていた時代に聴いていた音楽を耳にすると、その時代の空気だとか匂いだとか、その他すべてが思い出されるような感覚を覚えることは誰にでもあるだろう。
「ビートルズの偉大な点は時代と共に生きたことである」とは、ジョージ・マーティンの言葉であるが、ビートルズにとってはこの「Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band」こそが、自分たちの存在や音楽が最も当時の文化や風俗、思想と完璧な調和をみせた瞬間だったのではないだろうか。Sgt.Pepper'sは僕にとってはまだ見ぬ、そして決して知ることのできない1967年の夏が孕む期待や熱気、そしてそれが失望に変わる不穏な空気をも追体験できる特別なアルバムなのである。
誤解を恐れずに言わせて貰えば、このアルバムが他のアルバムに比して特段に粒ぞろいの楽曲が揃っているなどということはないと思う。また、サウンドやビジュアル・コンセプトをSgtと多く共有する同時期の次作「Magical Mystery Tour」を除外して、このアルバムのみを特別視する理由は少なくとも音楽的、美術的には見当たらない。ましてや、ジョン・レノンという人のソング・ライティングに着目すると彼にとって代表作といえるような曲は「Lucy In The Sky With Diamonds」くらいのもので、ポールにも負けないメロディストとしての彼の資質がその巧みな詩作とより調和した形で提示されている曲はGood Morning Good MorningやBeing For The Benefit Of Mr.Kiteなどではないだろうと思う。
では、何故Sgtはここまで別格的な扱いを受けているのだろうか。
一言で言えば、それは音楽でありながら音楽を超えた存在になったからだろうと思う。
もちろんこのアルバムが斬新でバラエティに富む楽曲とサウンドの納められた優れた音楽アルバムであることに間違いはなく、そこに当時も今も多くのリスナーを惹きつける要因があることに異論はない。だが、それだけでは語りきれない強い魅力がこのアルバムにはあるらしく、初めて聴いたときにはそれが何であるかまるで僕には伝わってこなかった。しかし、ビートルズに関するありとあらゆる文献や情報を読み漁り、時代背景を知り、楽曲、アルバム単位でのコード・ワーク、サウンド、メロディ、歌詞の変遷を追った今ならわかる気がする。もし仮にあらゆる文脈から解き放たれた音による純粋芸術などというものがあるとして、音楽の本質がそこにあるというならこのアルバムはその任には相応しくないだろう。だが、音楽はきっとそんなものではなく、音楽を聴く、楽しむという行為は、音楽の流れる環境や時代の雰囲気、隣にいた友人や恋人、家族などその他諸々雑多で複雑に絡み合った文脈全体を味わうことなのだと思う。
僕が音楽を作ったり、演奏したりするときに最も大切にしている感覚は「懐かしい」という感覚だ。あるメロディ、ある曲を聴いたときにそれが初めて聴くものであっても何故か懐かしい「生まれるよりももっと前にいたどこか、自分の魂のふるさと」を呼び起こしてくれるような感覚を覚えることがある。あるいは、もっと明確に自分が輝いていた、一生懸命に生きていた時代に聴いていた音楽を耳にすると、その時代の空気だとか匂いだとか、その他すべてが思い出されるような感覚を覚えることは誰にでもあるだろう。
「ビートルズの偉大な点は時代と共に生きたことである」とは、ジョージ・マーティンの言葉であるが、ビートルズにとってはこの「Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band」こそが、自分たちの存在や音楽が最も当時の文化や風俗、思想と完璧な調和をみせた瞬間だったのではないだろうか。Sgt.Pepper'sは僕にとってはまだ見ぬ、そして決して知ることのできない1967年の夏が孕む期待や熱気、そしてそれが失望に変わる不穏な空気をも追体験できる特別なアルバムなのである。