ラバーソウルは不思議なほど1つのサウンドイメージ、楽想を持ったアルバムである。その意味ではサージェントペッパーを待つまでもなく、「ラバーソウルこそがビートルズ初のコンセプトアルバムである」との印象が僕にはある。

 ではそのコンセプトとは何か、それはビートルズの大きな特徴の一つである「哀感・寂諒感」のクローズアップである。

 人生に不可避な痛みを歌うこと。ジョン・レノンは自分が曲を作る大きな動機をそう語ったことがある。このアルバムに彼が提供した曲群はいずれもその動機の見事な成果だと言えるだろう。あの前向きなポールでさえも自身の恋愛にまつわる倦怠のようなものを曲にしている。ジョージは良く言えば遠慮深くて上品、悪く言えばひねくれていて気取っている彼の個性がよく反映した曲を提供している。

 その結果、痛みを前にしたときに人間の示す様々な反応が余すことなくこのアルバムには描き出されているように思う。皮肉る、諦める、耐える、ユーモラスに自嘲する、暴力的に攻撃性を露にする、抽象的な物語に逃げ込む、更には痛みに向き合いそれをも越える愛を歌うというように。

 サウンドも実に特徴的である。収録曲全曲にふんだんに散りばめられた円熟のコーラスワーク、ジョン、ポール、ジョージ、リンゴのいかにも彼ららしい声。楽曲のクオリティの高さ。自分なりの内省を平易かつ音楽的な響きを持つ言葉で語り始めた詞作。ポール曰く最もベースに凝っていた時代の始まりを告げるメロディックなライン、ジャンボにストラトという美しく渇いた高域を生かしたギターサウンド、抜群の美しさを誇るスネアやシンバルの音、異常な程の頻度と大きさでミックスされているタンバリン等々。これらのすべてが美しく儚い、人生の寂しさを無理なく盛り上げている。

 ラバーソウルというタイトルにしても、当時黒人による本物のソウルミュージックに対して、白人によるソウルミュージックがプラスティックソウルと揶喩されていたことに由来する。タイトルには自分達の音楽もその延長線上にあることへのビートルズなりの開き直りと自負が見て取れる。自分達の音楽は重心の低い本物のソウルフィーリングは出せない、プラスティック(作り物の、つまり偽物)ではあるかもしれない。でも、それはあらゆる種類の音楽を内包するゴムマリのような柔軟性に富んだソウルなのであると。

 このように様々な屈折が奇跡的なバランスで共存しているのがラバーソウルというアルバムである。そして、このようなバランスの実現こそはビートルズのビートルズたる所以とも言うべきものである。その意味でこのアルバムを「最もビートルズらしいアルバム」と誰かが言ったが、それは実に正鵠を得ていると思う。