。。。。去年9月の青森旅の続きです。。

青森県立美術館の後は、お隣の三内丸山遺跡へと。

歩いて行っても10分かからないみたいですが、

この日は沢山歩く事になるから、バスで向かう事にしました。

 

反対車線のバス停と女性が、映画のワンシーンのようだなと眺めてたら、

 

ねぶたん号にかき消されました。

 

私達側のバス停にはクモ

調べると、ジョロウグモ。

阪神タイガースカラーで綺麗だなと。糸もほんのり黄色いんです。

 

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北海道・北東北の縄文遺跡群として、世界文化遺産に登録されている、

三内丸山遺跡に着きました。

 

40ヘクタールの敷地に広がっている遺跡。

およそ5900年前から4200年前にかけて営まれた、

縄文時代の大集落跡に、お邪魔しまっすッ。

 

樹皮ぶき、茅ぶきの竪穴住居

土ぶきも。

 

 

掘立柱建物

地面に柱穴を掘り、柱を立てたもので、地面に炉や床などの跡が見つからないことから、高床建物であったと考えられています。柱は約35cmの倍数で設置されています。

……と、書かれてありました。

 

この辺りに沢山のトンボが飛んでいて、

ジーーッとリンゴリンコを見てくるのもいたりして、

縄文時代からの子孫なのかなと思ったり。

 

 

南盛土

説明には 下差し

盛土は竪穴建物や穴など掘ったときの土やゴミ、焼けた土や炭、石器や壊れた土器などが同じ場所に長期間継続して棄てられ、小山のように盛り上がっており、現在、北盛土、南盛土、西盛土の3カ所が確認されています。

北と南の盛土では、土偶が特に多く見つかってるんだって。

 

 

大型竪穴建物

この復元大型竪穴建物は長さ約32m、幅約9.8m、床面積約250㎡であり、日本最大のものです。縄文時代中期後半(紀元前約2800年)のものを復元しました。住居の他に、集会場や共同作業場などの説があります。

……という説明がありました。

中へ

奥の方は修繕中ですが、広いですね。

腐食防止にところどころ焦がされてる木が。

 

 

大型掘立柱建物

発掘調査の成果や柱穴の底の部分にかかっていた土圧の分析結果などから全体の大きさを推定したもので、柱間と同じ4.2m間隔で床を作り、3層の建物としています。屋根についてはさまざまな説があることから現在のところ復元していません。

……という、説明文が。

 

 

調査で、約高さ20m(直径2m)の栗の木が使われていたのだろうということで、

復元するにあたって、ロシアから輸入されたそうです。

当時、根元2mぐらいを土の中に埋めて組み立てられた建物です。

この建物は同じ場所には復元されず、そばに、元の柱穴が保存してありました。

 

 

当時の人はどうやってこの大木を設置したんだろ???

 

 

あ、栗が🌰

集落の周りには栗やクルミの木があったそうで、

帰り際、栗に、挨拶された感じがしました。