私の人生波乱万丈だけど結構気に入っている。
これは私の武勇伝なのだ。
私が厭らしい位に「割りと良い環境で育ち、一流企業で働く」
と言うのは、蓋を開けてみたらとんでもない環境に一人で置かれていた割に
身の丈に合った生活を自力で出来ている事が誇りだ。
おいさんのご家族が私を娘のように可愛がって下さる。
家の両親と確執があったのに。可哀想だから呼んでくださるんじゃない。
私のパーソナリティーだ。
私は天涯孤独だけれど、親が施設に入る時、親の死に際、亡くなった後
一人きりじゃ抱えきれなかったけど、いつも応援してくれる人達がいた。
実際手伝ってくれる人もいた。
だから不安じゃなかった。
こういう人間関係を築けたのは、両親が私をそういう人間に形成してくれたからだ。
だから今は親を誇りに思って感謝もしている。
どんなに確執があっても、父と最期に向き合って、「ごめんね、有難う、大好きだよ。」
この作業は絶対にやっておいて良かった。色んな事が浄化出来た。
自分の為に父とお別れに行った様なものだ。
血縁て凄いな。どんなに憎んでいても和解出来るんだ。
皆に勧めたい!
実際は今父の事大好きかって言ったら、「嫌いじゃない」程度。
それでも言って良かった。
人が亡くなる時って不思議なことが起きる。
祖母が亡くなる半年前。
もっと早くお別れが来そうな位体調が悪かった。
ある晩「私は半年は死にませんよ!実際!」と凄く怒って夢に出てきた。
叔母に伝えると「絶対に半年も生きられません!」
祖母はきっちりその半年後に亡くなった。
大恋愛した人がいて、ずっと忘れられなかった。
その彼と7年振りに連絡が取るようになる。
翌週に弁護士から父の容態について連絡があった。
彼は母、祖母の死の時ずっと一緒にいてくれた。
今度は父の死に直面するとは。
「さすがに何か(縁が)あるんだなと思ったよ」と、
またずっと励ましてくれていた。
その後会ったら、未練は消滅した。
幻滅したとかではなくて、卒業出来た。
一番尊敬していた元上司Oさん。
会社辞めて5年位全く連絡を取っていなかったのに突然やり取りが始まり、
その矢先に父が危篤になった。
父の死後も遺品整理から色んな手続きに至るまで一人でやっていて
心が折れそうだった時にいつも励ましてくれていた。
Oさんと話すとワクワクするので頑張れた。
少々ロマンチストかもしれないが、
父が私が一人ぼっちにならないように主要人物を集めてくれたような気がした。
この人生で得た教訓。
私は小さい頃太っていた。痩せたらモテると思った。
高校の同級生と一緒にダイエットを始め、同じペースでダイエットをした。
同じ体型になったにも関わらず、彼女はモテモテ。私変わらず。
女子高だし家も厳しかったから。。。と思いたいが、
彼女も同じような環境だった。。。
若い頃親のせいで結婚を諦めた時期もあった。
でも一人暮らしをしたら!と期待したが未だ結婚出来ず。
全て何かのせいではない。原因はいつも自分にある。
親の元にいた時は全て親が私の事を決めるので、
何でもお膳立てしてもらう事が普通だった。
一人暮らしをした時、友達に親が当たり前にやってくれた事を求めてしまっていた。
「そこまでは面倒見きれない」とやってもらえないことが多々あった。
友達は変わらずそこにいたのに、私は孤立した気がした。
従妹に
「あなたは感謝が足りない。人にものを頼みすぎる。
あなたは人に頼まれごとされた事ある?」
確かに!やってもらって当たり前だと思っていると感謝出来ないもんね!
頼まれごとあんまりされないかも!
頼む前にぎりぎりまで自分でどうにかしてみた。
こんな当たり前事をやってみたら
周りが大喜びしてくれた。
最近頼まれごとされるようになった!
役に立つ人間になったって事だよね!
こんな風に私は年齢の割に、人より何でも気付くのが遅い。
焦っても仕方ないので、結婚もいずれするでしょう。って普通に思っている。
仕事もよく首になるけど、どんな仕事でも一つは学ぶ事がある。
20年以上かけて蓄積して、最終版は(一体その頃何歳なんだ!)
良い感じに仕上がるんじゃない?
大分良い感じに仕上がりつつある今日この頃。
どんな逆境でも意味があるんだ。
それに気付いて選んで、リリースし、吸収するしかない。
おわり