ご無沙汰してます。
アップルパイと申します。




ブログを書かない間に
世界は激変しました。
皆さん、お元気でしょうか。



私は2月末から本格的な自粛生活を始め
2ヶ月と少し経過しました。
その間に高校卒業と大学入学がありましたが
思うような形ではなく実感はありません。



そういえば、
前回のブログ書いたのいつだったか忘れて
確認しに行ったんですけど
去年の12月14日でしたか。

今だから言えますが、
あの頃は先が暗すぎて色々考えてしまい
まだ学校もあったため
泣きそうになりながら登下校してました。


何度か経過をお知らせしようとしましたが
何かと忙しくして書く暇がなかったので
改めて書かせて頂きます。




2019年12月13日 午前10時頃
祖母が
「銀行と買い物に行ってくる」
と言って家を出て30分後
坂の頂点付近で倒れたのを通行人に助けられ
目の前の総合病院に緊急搬送。

懸命な身元確認の後に検査を試みるも
肺の機能低下が脳の検査を妨げ
一晩先延ばしに。

翌朝人工呼吸器により
肺水腫の治癒が見られたため
脳の検査をしたところ
動脈瘤破裂によるくも膜下出血と診断。
すぐにカテーテル手術が施され
動脈瘤再破裂の危険
血栓による脳梗塞の危険を回避。
ただしこの段階ではまだ出血は脳を圧迫中。
少量で悪さをしなければ自然治癒するが
多量且つ悪さをしたため
翌日辺りに即手術で血を全吸引。
脳内の減圧に成功するも
今度は脳に髄液が溜まり続ける水頭症発症
ドレーンを入れてしばらく経過観察。
数週間の後に溜まらなくなり抜管。

ここである程度の危機は脱したようで
緊急搬送から約2週間後の年末(28日前後)
ICUから一般病棟半強制でお引っ越し。

その間も意識は一度も戻らなかった
そして実は引っ越しの直前医師から
“治療は長期に渡るので
口の管(人工呼吸器)を
気切にしてはどうか”との提案があり
感染症のリスクが減り
口を冬の乾燥から守れるならとの一心で
頚に傷を残すこと・喋りにくくなること
と延命を引き換えにして気切に転換。

医療ドラマでよく見る姿になった祖母を
最初は直視出来なかったけど
毎日面会に行っては顔色を伺ううちに
ICUにいた頃の不眠症や嗚咽はなくなり
次第に会うことが楽しみになってきた。

お引っ越しして1週間ほどして
脳の腫れがかなりひいて
予定よりも1週間早く
治療の為外していた頭蓋骨を戻す手術に。

戻してからはひたすら経過観察。
ただ一つ進展したことがあるとするなら
自発呼吸が次第に戻ってきたこと
一般病棟も最初は個室だったけど
後々4人部屋に移ることになるんだけど
4人部屋に移る頃には人工呼吸器に頼らず
自分の呼吸のリズムを取り戻し
抜管まではせず人工呼吸器だけ外すことに。
そこからは今も一度も呼吸は乱れずキープ。

そして時が経つこと数週間後のある日
担当の医師から拍子抜けする話が。
「あと1週間くらいで転院お願いします」
ちょっと意味が分からない。
早く病床を空けたいという意味なら
もうあの時からあの病院は
医療崩壊でもしてたのか?と思ってしまう。
ICUの時も半強制と書いたが
無茶振りとも思えるほど高速移動。
渋々2020年2月3日転院を決行することに。

転院先は所謂療養型リハビリ施設
病院と名の付く老人ホームなのです。
そこでは早速入院手続きと説明を聞いた。
担当の先生に言われたことが辛すぎた。
「ここから元気になって退院する人は
一人もいません。皆さん亡くなります。
そういう所に来たことをご理解下さい。」
正直理解できなくて終始泣きそうでした。

ただこの頃を境に
体に変化が見られるように。
目が開くようになり人も認識出来る。
気切の為、声は出ないが何か喋る。
テレビの音に反応し人の呼び掛けにも反応。
麻痺の強い左側より右側の力が入る。

最近はモノが持てるようになったなんて話を
聞いたような聞いてないような………🤔

まさに転院してからですね。
新型コロナウイルスが日本に広がり始め
2月中旬からは面会出来る時間の規制が。
そこから2週間と経たぬうちに
遂に2月28日外出自粛要請に伴い面会禁止
が病院の事務の方から言い渡され
今もなお洗濯物の運搬週4で通い
生活必需品の買い出し期限の迫る支払
大学への諸手続きの為の外出を除き
出来るだけうちにいる生活を続けてます。



因みにですが
高校は1月24日まで必修授業があり
それ以降は2月15日、3月5日、
3月10日(卒業式予行)、3月11日(卒業式)
計4日登校日があるのみで
本当なら4日とも登校する予定でした。
でも3月間近の自粛要請。
流石に先が見えず立ち竦んでいると
学校から登校日を休校にし
卒業式も予行なしで短縮決行の知らせ。
送辞を読む人以外の在校生・来賓・保護者
が居ない教職員と卒業生だけの空間
狭かったはずの体育館が
いつもよりだだっ広く感じました。
式の後、集会が開かれ思い出VTRを見て
お世話になった先生と時間の許す限り話して
もう当分見に来れない生物達に別れを告げ
母校を離れました。

母校の教職員の皆さんはどこまでも親切で
参列出来なかった保護者の為に
卒業式の模様をビデオ撮りしてDVDに。
そしてPTA経由で今月10日配布予定でした。
(無期限の保留になりましたが。)

そして
先月7日緊急事態宣言が発出され
先日31日までの延長が決定しましたが
この影響で大学の方では
入学式中止・諸ガイダンス中止及び
webでガイダンス情報を掲載、
11日~22日までオンライン授業を実施
という運びになりました。

特に今回延長されたので未定だった
25日以降の授業もオンラインになるかも。





………とこんな風に色々
濃い数ヶ月を過ごしてました。(笑)
祖母とはあれ以来ホントに会えず
どんなにリハビリが進んでも
その証拠をこの目で確かめられないのが
とても苦しいです。

何よりですね。
このタイトルが大事だなって最近思います。

これはつい先日聞いた話なんですが
私の大学進学の為に積み立てている貯蓄の
銀行口座があるそうなんですが
残念なことに入金自体は出来ますが
口座を管理しているのが祖母で
意志疎通が出来ない今何も聞き出せず
キャッシュカードがなく暗証番号が打てず
お金を下ろすことが出来ない状態です。
今は祖母が元気なうちに下ろしたお金を
前期の学費として納付したので良いけれど
今後の遣り繰りを全て祖父から
というのは厳しく
かといってお金を引き出せないので
今ダメ元でその口座を私が管理できるように
シフトチェンジできないか模索中です。
起きてしまった事を悔やんでも仕方ないけど
お金の問題が絡んでくると面倒です。
皆さんがどうやって口座を管理してるのか
全然分かりませんけど
私からのお願いです。
キャッシュカード定位置に置いて
口座の暗証番号紙にメモを残して下さい。
これは後世に相続するためにも大事ですし
近頃コロナに加えて地震も増えてきてますが
震災の時もそうですよね。
電話番号はいつまでも覚えてないので
メモをしておくだけでも
安否確認に大いに役立ちます。

このように大事な番号
日頃からメモすることが意外と
大事だったりします。

何かが起きてからじゃ遅いので
メモを習慣化していきましょう。


今日伝えたかったことは一通り言えました。
あとはもうコロナに気を付けて
出来るだけおうちにいましょう。

医療従事者の皆さん
毎日激務かと思いますが
感染リスクと隣り合わせの中
患者さんの為にありがとうございます。

ライフラインを支える皆さんも
精神的に辛いことも多いでしょうけど
私達の為にありがとうございます。

どうしても出勤しなければいけない皆さんも
日々お疲れ様です。
お体ご自愛下さい。

この自粛生活いつまで続くやら
分かりませんけど
未来のために皆で乗り越えていきましょう!


コロナが一刻も早く終息する日を願って。

ではまた。


P.S. 
雷が鳴り出しました。
怖いよぉ…………🥺🥺🥺🥺🥺🥺