こんにちはキラキラ

 

昨日、嬉しいリクエストをいただきまして・・・ニコニコ

 

本日は、私が兄の「マインクラフト」ライフについてどう思っているのかという話を書きたいなと思っていますOK

 

我が家は、まだSwitchを導入していないのでタブレット(iPad)のアプリでマイクラ生活を楽しんでいます。年長の卒園式が終わった春休みにインストールしました。

 

それ以来、兄はマイクラ(及び実況動画系Youtube)にどハマりしていて、夏休みも暇さえあれば動画みてはゲームしてましたねにっこり

 

そもそも私、兄の幼児教育時代は、初めての子育てで結構舞い上がってて、ピアノやワークを仕込んだり、絵本もしこたま読みまくって、なるべくテレビは付けないように、自然の中で遊ばせて・・・とか律儀に本気でやってました。

育休もバッチリ3年とっておいて、ギリギリまで兄とべったり一緒にいられるように、復帰を早めようとか考えることもありませんでした。子育てに命賭けちゃってましたね。

 

でも、弟が生まれて、ブログを始めて(もう2年半前のことになるんだなぁ!)、妹が生まれて。

 

今はこう思うんです。

別に、兄が生後半年で保育園に預けて仕事してても良かったし、結果はなんも変わらんかったよなって笑い泣き笑い

親としての私が、「生後半年の子と仕事との両立」を選んだ自分の人生に納得して、笑顔でさっぱり過ごせてるんだったら全然OKだったと思うし、むしろそっちのが健全だったよなとさえ思います。

今こうして、結果的に3歳間際まで自宅保育してた弟みてるとマジでそう思う笑い泣き(私は自分自身も、0歳から保育園に預けられていた子だったんですけど、そのことが「のちに悪い影響」を与えたとはつゆほども思いませんしね笑い

そして、弟は家ではほとんどタブレット廃人になっていて、私は兄ほどの「知育的働きかけ」は全くいないのだけれど、おそらく兄よりいわゆる「地頭」も「要領」もいいと思われる・・・(言ってしまった・・・ハァァ色々つらい泣)。

そんなの見てたらね、、なんでしょう。「幼児教育」ってなんだろうって、はたと立ち止まってしまったのです。

 

つまり全ては「こどもの心が動くこと」が何より大切であって、親が「これを好きになりなさい」と押しつけたもの(ほら、ピアノとか、お育ちの良さそうな絵本とか)なんて、「自分の心が動くもの」ほどの影響は与えられないってことが、ようやくわかったんですよね。

 

何より大切なのは「好きなもの」があって、「夢中になれるもの」があれば、それが何であれ素晴らしいことだって。

 

育休中に、そのことを強く思った出来事がありました。

同じ会社で働いていた先輩(30代独身女性)が、自殺したんです。(アメ限で以前記事にしました。)

 

話もできる、仕事もできる、謙虚で素晴らしい女性でした。(今でも、ふと夜中に思い出してしまうし、辛くなることもあります。)

「漫画とか本とか、読まない。ゲームもしない。」って彼女は言っていたから、私が持ってる漫画を大量に貸したりして、「SPY FAMILY」は面白かったよとも言ってくれてました。

 

でも、死んじゃったんだよ。続きを貸すこともなく。

 

その時に思ったのですよね。

 

「あの漫画の続きがどうしても読みたいから、あのアーティストの新曲が聴きたいから、この世界にもうちょっとだけでも居よう」って、思えなかったんだなって。

たとえ親や兄弟が「この世に命を繋ぎ止められる」存在になれなかったとしても、私だったら、「あの漫画が、あの本が、あのアーティストの曲が」・・・、つまり、自分の「好きなもの」が、私を繋ぎ止めてくれるはずだとはっきり思ったんですよ。

 

だから、人それぞれの「好きなもの」がそれがなんであれ、「好きなものがある」ということは素晴らしいことだってわかったんです。

 

余談ですが、以前兄がウルトラマンにハマっていた時にね、ウルトラマンのショーのためにわざわざ東京に行ったんです。

隣の席は、私よりちょっと下くらいのおじさん二人が座っててさ、ウルトラマンの武器(しかも、最新の)を大切そうに持って、兄に「壊さないように、触ってもいいよキラキラ」って言って貸してくれてさ。隣で二人で嬉しそうにショーをみて語らってたのよ。

いかにも秋葉系のオタクのにいちゃんたちなんだけど、でもさ、私その男性たちを見て感動したの。

「ウルトラマンが好き!」を自分で大切にして、仲間と喜びを分かち合っている姿が素敵だなと思ったんですよ。

「大人のくせに、恥ずかしい」とか、「ウルトラマンなんて」とか、あの人たちは思ってないし、彼らにとってはウルトラマンやアニメが救い、生きる理由になっている。

 

一生を通じて、「好きになれるもの」「夢中になれるもの」に出会うことなんて、そうはないと思うんです。

そして、それにも「旬」があると思います。

 

兄はまさに今、「マイクラ」が旬で、好きで夢中になってるんだけど、次はまた何か違うものに移っていくかもしれないし(まぁずっと「マイクラ」のままなのかもしれないけれど、それはそれでもいいと思うんだ)、マイクラを始めたことで広がった様々なこと(知識も増えたり、技術も増える。マイクラのLE GOもすごい集中力で仕上げる。くだらない動画ばっか見てる時もたくさんあって、私もコラァってやるはするんだけど笑い泣き基本的には、マイクラライフは応援すると決めています!)も尊いことだなと思っています。

 

親として、プラスのことだけじゃなく、マイナスのこともたくさんあるはあるんだけど・・・。

それでも、次世代には次世代の価値観や環境がある中で、親の旧態依然の価値観を押し付けすぎてはいけないといつも自戒の念を持っているし、「やるべきこと(宿題、少々のワーク、ピアノ)」さえやっていたら、あとは好きにしていいよというスタンスで見守っているところです。多分、今日も平日ですが、トータルでは3時間くらいマイクラ(と実況動画)やってましたね。えぇ。

マイクラライフのために、習い事もやめました。(はい、くもん書写やめましたよ。英語とピアノだけは、続けるそうです!)

でもね、まぁいっか!と。学校で頑張ってるんだしなぁ。甘いかもしれないけど、そこで私が無理矢理ガリガリ「ダメでしょ、くもん行きなさい!」とかやって、いいこと1つもないのでね。

それで自分を癒して、明日への活力を養ってるんだろうし、その「好き」「夢中」は、守っていくべきものだと思っていますウインクルンルン

Switchでマイクラをやらせてあげたいなぁとも考えているのですが、まもなくSwitch2が出るとの噂もあるので、ソワソワしながら待ってるところです。多分、2年生のうちにはゲーム機も導入すると思います。ゲームは全然、悪ではないって思っています!むしろ、変な動画ばっかり見てるくらいなら、頭と手を動かしてるゲームやってる方が100倍いい気がする笑い泣き音符

 

ブログ始めた当初は、私、結構ハイレベルを求めてる教育ママだったと思うんですオエー(今も、標準よりは求めてるのだろうがね)

 

今は、三人の子育てしながら、全員に「目を光らせる」ことなんてできないし、こちらの要求を押し付けても何もいいことがないなって気づいて、さらに「こどもはなるようにしかならない」ところがあることも痛感する中で、自分の子育ての要求水準がめちゃくちゃ下がってきています。

 

「今、この瞬間、幸せであること」をずっと続けること。

 

岡本太郎も言ってますが、「今ないものはこの先もない」んです。(タローマンが好きすぎる私)

 

「幸せ」って、一時的な快楽の「幸せ」という意味ではないという前提ではありますが、それを私は心に刻みながら、子育てしているところです。

 

こども自らの「選択」(くもんはやめて、マイクラをする)を尊重して、自分の「こうして欲しい」というエゴをなるべく抑える。やっぱり、自分で納得する「選択」を重ねた上にしか、「幸せ」はないと思うのでね。(自分自身は、実母に手綱握られて、翻弄され続けた人生だったので。それが嫌で仕方なかった。)

こどもの意見を全部呑んで従うってことではないけれど、うまく塩梅を取りながら、どんなものであれ「これが好き!」は応援していってやりたいなと思っていますラブラブ

 

まとまりのない文章になってしまいましたが、来年までにはSwitchが我が家に来るであろうというお知らせでした笑ううさぎラブラブ

 

皆さんのゲームライフについても、聞かせてもらえたら嬉しいです看板持ち