『私はさ、日本のために優秀な遺伝子を遺さないといけないと思うんだよね。だからこどもは3人以上産もうと思ってる。』


今なんて言った??ゆうしゅうな遺伝子?


『私みたいな人間はさ、たくさんこどもを産まないと日本の損失になると思うんだ。だから、たくさん産めるように、会社も応援してくれないといけないと思わない?』


脚色なしに、こんなことを真顔で私に告げた同期(女)がいました。実話です。


彼女は、私が未だかつて出会ったことのないエリート意識と選民思想の持ち主でした。(現在も彼女を超える人は見たことがない凝視


その割に仕事では色々やらかしていましたが、やらかす都度なぜか『できなかった正当な理由』が彼女の口から出てきて、非を認めることも反省することもなく(少なくとも傍目には)、『頑張りたいのにできない可哀想な私』となり、『つるつるでピカピカ』の彼女は、いつも透明なガラスケースのなかで守られていました。


そして彼女は…


『院から東大に入ったやつは、東大生とは認めない真顔

『結婚するのは名のある国立大以上の女としかしない真顔

と豪語していた、御三家→東大の御曹司と結婚しましたオエー



結婚後、彼女が私に一言。

『うちは、お祖父さんもお義父さんも妹さんも、皆東大なの』


おぉ…ご希望のとおり、さらに『優秀な遺伝子』が手に入ってナニヨリです笑ううさぎ

これできっと『息子ももちろん東大に行くのよ』とお後が続いていくんだろうな。



『彼女は頭が悪いから』では、『つるつるでピカピカ』の心を持った東大男子のことが取り出されていたけれど、実際には性別に拠らず(そして東大に限らず)、こういう考えの人たちは本当にいて、同じ考え方の者同士がこうやって結ばれていくんだなとふと思い出しました。(ついでにハリーポッターのマルフォイを思い出しましたね。)



人を『学歴』という一面だけで差別して、上位にいることに対して優越感を抱き、下々を見下す。または、何をやっても、言っても許されると勘違いする。それも、ナチュラルに無自覚に…。


何が怖いって、そこに自覚がないこと、悪意がないことが一番恐ろしいことだなと思います。


彼女が、自分は『優秀な遺伝子をもっている』から『こどもをたくさん産むのが日本のためになる』って本気で思ってること。(裏を返せば『優秀』でない人たちは日本のためにこどもを産まない方がいいって言ってるのと同じ。)


作中の東大生が、偏差値の低い女子大の子を、自分たちの酒の席を盛り上げるために裸にして叩いたり割り箸でつついても全く心が痛まないこと。


アウシュビッツで、労役に駆り出されるユダヤ人たちを、牛や馬と全く同じように扱う看守たち。(フランクル『夜と霧』にて記載有)


どうすれば一番効率的にユダヤ人を『輸送』して『処理』できるか一生懸命考えて、3ヶ月で44万人を絶滅収容所送りにしたアイヒマン。(証言が残されているけれど、『自分はただ上司の命令に従っただけ』という内容。自分がしていることに本当の意味で無自覚で、最期まで良心の呵責はそこになかった。)


これって、シチュエーションや程度の差こそあれど、底に流れるものは『同じ』なんじゃないかって思います。



想像力の欠如、これに尽きるかなと。


『自分がされたら(言われたら)、どう思う?』


同じ血の通った、尊重すべき人間として、相手をみているか。


人間はやっぱり自分が一番かわいい生き物だから、たとえ自分の子に対してだって、想像力を駆使していつもこどもの立場に立つなんて難しい。

ましてや『自分以下』と(勝手に)認定した人たちに対して心を寄せるなんて、めちゃくちゃ難しいことなんだと思う。


実際私だって、様々な社会問題に対して、心を寄せて真剣に考えて行動しているかって言われたらNOだ。その時々、心を痛めはするけれど。



どうか息子たちには人の痛みや苦しみのわかる人になってほしいし、『つるつるでピカピカ』の心を持った人にはなってほしくないなと切に願う。


https://bunshun.jp/articles/-/989?page=1


古い記事ですが、尊敬するUWCISAKの小林りんさんの子育て論。


りんさん自身、お母さまは市役所職員として弱い人たちを守り扶け、ついには市長にまで推薦されてなったというご家庭に育ち、幼少期は、お母さまがたくさんの弱い人たちに信頼され、働く姿を見てきたそうです。


山口周さん(最近頻出…花)も、インタビューのなかで、育ってきた家庭でよかったことは何かと訊かれた時に『弱い人たちにとにかく優しい家庭だったこと』と答えていました。


福沢諭吉のおかあさんも、ノミだらけの知恵遅れの近所の女の子をいつも可愛がって、ノミをとってやって、櫛で髪をといてやっていたという逸話が残っています。


これって、つまり上述してきたことと反対のことです。


私が尊敬する世界を変えるチェンジメーカーたちは、こういう家庭で育ってるんだ


私も、できる限り自分を『こちら』に近づけられるように。『あちら』の暴力に屈せずに、子育てをしていこうと思いました。