翌日。


尚は朝から都内某スタジオで新曲のレコーディングに入った。


勿論自分で作った曲だ、メロディーはしっかり頭の中に入っている。


アレンジも自分でこなし、いざ録音となったら最初から春樹のダメ出しがはいった。



『尚、ちゃんと歌詞に気持ちを乗せて!
何なの!?
そのやる気のない歌い方っ!!
もう一度始めから。
細切れを繋ぎ合わせるなんて恥ずかしい真似、“不破 尚”ならさせないで頂戴っ。」



春樹のきつい注意に尚は一瞬俯いたが、直ぐに顔を上げてヘッドフォンに手を当てた。



…休みなしで歌い続けたものの、いくら歌っても春樹からOKが出ることはなく、収録スタッフに疲れが見え始めた頃、昼食時間と言う名のクールダウンタイムが設けられた。



「…少し頭を冷やしてきなさい。
貴方も知らないから出来ないなんてプロにあるまじき物言いはしないように、しっかり頭を切り換えて午後の収録に臨んでね。」


痛烈な一言を残し、春樹は吉野に話があると連れ出し、スタジオに尚一人を置き去りにして出ていった。



尚は言い返す言葉も無く屈辱に拳を握りしめ、ただ俯くしか出来なかった。




「…どうですか?
このあと少しはマシになると麻生さんはお考えになりますか?」



「…難しいですね。
恐らく今日は無理でしょう。
あの子は自分が一番なんです。
誰かの為に何かをしようとする気持ちを根本的に持ち合わせていないと思いますから…あの曲に載せられた歌詞の、想い人に対する献身的な想いを表現するには尚は視野が狭すぎるんです。」



曲の質を下げないなら歌い手を換える事も考えたいんですけどそれでは意味がありませんしね、と苦笑する春樹に、吉野もまた苦笑せざるを得なかった。



「…ま、どう転んでも徹底的に教育しなきゃならないしな。
レコーディングが済まないとプロモ製作も出来ゃしないんだ、アイツのケツとにかくひっぱたいて先に進ませようぜ?」



いい大人二人がかりでガキ一人のケツ叩きかよ、とうんざりした様子で地を出した吉野を労う様に、今晩一杯奢るわと苦笑いしながら春樹は背中を叩いて昼食へと促した。




…さて、置き去りにされた尚はというと、休憩に入った直後吉野に手渡された弁当をスタジオの編集ブースの片隅でモソモソと突っついていた。


尚自身に頭を冷やして考えさせる時間を与えるために、春樹が休憩時間一杯までスタジオに近付かないようスタッフに厳命したため、スタジオは尚以外誰一人いない静寂の世界と化していた。


そんな静寂の中、尚は歌詞の内容を何度も頭の中でリフレインさせていたのだ。


頭の中で流れる歌詞は決して自分には理解出来ない捧げる愛。


捧げられる、若しくは与えられる事は有っても捧げる事など生まれてこのかたした事が無いからこそ自分にはこの歌詞は書けなかったと尚には分かっている。


歌えないなんてプロとしてあってはならない。


……あってはならないと分かっちゃいるが。



「~~~だぁあああ゛あ゛っっ!!
何でこの俺が振られ男のバラードなんざ歌わなきゃなんねーんだよっっ!!」


…結局自己中我が儘お坊っちゃま、休憩入れようが全く何の改善も出来るはずもなく、アルバムの中の半分を収録するのが精一杯で、参加したスタッフによって密かに音楽業界で不敗神話の揺らぎが噂されるというオマケがついた。




一方、映画の撮影は尚抜きで順調に進み、京子も蓮も心穏やかな一日を過ごしていた。



「はぁあ~。
仕事だから仕方ないとはいえ、アイツのいる現場が息苦しいと分かってはいたけど、居ないだけでこんなにも穏やかな気持ちでお芝居に打ち込めるなんて、なんて平和なのかしら?」



京子は重箱ぎっしりの弁当を差し入れの中に紛れ込ませながら一人ごちていた。



そんな京子の呟きを周りのスタッフやキャストが聞き逃す筈もなく、たちまち周囲は笑い声に包まれた。



「…アイツって彼の事でしょう?
仕方ないわよ、元々歌手なんだし、多少足引っ張るのは。」



苦笑いしながら京子お手製弁当の中を覗き込む共演女優にそんなの理由にしちゃダメですよ、と京子は笑って返していた。



「三輪さん、私も一応女優じゃなくてタレントですけれど、そんな甘えた気持ちで参加してるつもり無いですからね?」



「あら、京子ちゃんはほとんど女優じゃないの。
比率で行けば女優業の方が圧倒的に多いんじゃなぁい?」



ニッコリ笑って京子の仕事に於ける真剣さを認める共演女優、三輪に京子も照れ臭そうにありがとうございますと笑顔を返していた。



そうして休憩時間に入ったスタジオで、京子お手製弁当の評判は高く、昼食時に用意された食事の中でも争奪戦になったのは最早この現場では見慣れた光景であった。











またまた間が空いてしまいました。(ToT)



そしてある意味平和な1日?(;^_^A
いつも読んでくださってる皆さまに感謝しつつ前書きです!!


いやもうすっかりご無沙汰してます。

ちょいとプライベートで忙しかったもんで。(;^_^A




さて、この前書き逃げで無理やりっぽく終わらせた[天使の守護者たち]、ありがたくも番外編の希望を頂きましたのでお言葉に甘えちゃおう、というのが今回の話のきっかけです。


なので基本、キョーコちゃんも蓮さんも脇役です。


それでもいいっつー寛大なお心の持ち主は、このままお読みくださいませ。
m(__)m



それでは↓からどうぞ。









天使の守護者たち---番外編---

守護者の怒りの制裁は!?





緑川 和泉は仕入れた情報を一晩掛けて吟味し、尚治まらぬ怒りを抱えたまま足音も荒く事務所の中を闊歩していた。


女優でタレントの京子のマネージャーになって一月、彼女には惚れ込むばかりで失望させられることがない。


仕事に対する姿勢、自分を含めた周囲への心遣いと礼儀正しさ。


更に千や万の顔を持つかのごときジャンルを問わぬ活躍ぶり。


今まで見てきた芸能人の中でもかなり稀有な存在だ。

しかも売れてきている事実を驕る事もなく。


増えてきた仕事を自分の裁量で切り盛りし、マネージャー不在で乗りきってきた力量は最早10代の少女のそれではない。


こんないい子をよくあの変人社長が拾い上げたものだと、担当して3日と経たずに感心し、終いには惚れ込んで社員が通常特定の自社タレントのファンクラブに入るなどあり得ないのに、全く躊躇いも無く入会したのは自らの記憶に新しい。


最早和泉の中で京子は完全に可愛い妹ポジションを確立していた。


そんな京子が過去の話とはいえ、酷い目に遭っていたのだ。


黙っていられる訳がない。


奇しくも今日は学校に行っていて午後からの仕事で京子は不在。


緑川がファンクラブに入会しと知るや瞬く間に増殖した事務所内のファンクラブメンバーと話をして仲間を増やしたい和泉には好都合であった。



「おはようございますっ!!
椹主任、今お時間宜しいですかっ!?」



いつもならベテランマネージャーとしての貫禄を備え、穏やかに挨拶してスケジュールチェックに余念のない有能な女性が、常になく殺気立った様子で主任席に歩み寄って来たことに、様々なトラブルを捌いてきた椹ですら怯んで思わず椅子を引き下げた。



「あ、ああ…おはよう。
俺もまだ来たばかりだから少しなら時間はあるが…何かあったのか?」



「…主任仰いましたよね?
私が京子のマネージャーに就いた日、アカトキの不破 尚とは出来るだけ接触しない様にって。
あの言葉の真意を改めて伺いたいのですが?」



京子と不破 尚の関係を何か具体的にご存知なんですか、と和泉が付け加えると、椹はいいやと首を横に振った。



「最初はただのファンかと思ったんだよ。
事務所の志望動機からしても、ね。
しかし事務所に入った後、不破と接触がある度に彼女は毎回何かしらのトラブルを引き起こしてきたから、ただのファンとは言えない間柄じゃないかと薄々思ってはいたんだが…。
緑川くん、君何か知ってるのか?」



「…これは京子ちゃんのプライバシーに関わる事です。
京子ちゃん自身が先輩である敦賀さんに話していたのを立ち会っていた社くんが聞いたものを、私が又聞きした形で入手した情報ですので。
ただ客観的に聞いた話だけを総合すると、詐欺の被害者と加害者の様相を呈していたと思われますが…。」



勿論京子ちゃんが被害者でと和泉が付け足すと、椹は信じられないといった表情で椅子から立ち上がっていた。



「…本当か!?
たった16歳で詐欺被害!?」



「又聞きとはいえ、本人の言です…信憑性は高いと思われます。」



唖然とする椹に淡々と返しながらも、和泉は立ち上がった椹にですから、と一層詰め寄った。



「…LME社内にいる京子ファンクラブ会員に非常招集掛けてください。
昼休みに会議室集合ってことで。」



和泉の迫力ある微笑みにたじろぎながらも同意した椹は、一応社長にも報告すると言い置いて席を離れていった。


和泉はそんな椹を見送ると、タレント部にある自分のデスクで京子のスケジュールチェックやファンレターのチェックをこなしていく。



一方案件を押し付けられた椹はというと。



タレント部と同時にラブミー部に在籍する京子であるが故に先ずは社長に報告せざるを得ず、直接社長室に赴き、至急奏上したい用件がある旨を社長室付けの秘書に告げていたのだった。


「…成る程なぁ。
んで?
ネタの出どころの緑川は今何処だ?」



「タレント部のデスクでスケジュールチェックしている筈です。
…社長、もしかして不破 尚と京子の関係をご存知だったんですか!?」



「いいや?
ただ最上くんは普通の女子高生の育つ環境には居なかったんだろうと推測していただけさ。
あの子からは年相応の子供らしさがまるで感じられないからな。
お前も知ってるだろう?
あのくらいの世代の女の子が、愛と聞いて何を思うって訊いたら到底考えない、あり得ない言葉をあの子はのたまったんだ。」



あの子の過去を調べる良い機会かも知れんな、とローリィは懇意にしている調査会社に連絡を取るよう、秘書に指示を出した。










う~む、( ̄~ ̄;)また長くなりそうな予感が…。

だらだら不定期ですが見捨てないで下さいませ。
m(__)m
いきなり劇中劇からスタートです。











---お互いの立場を知らぬまま、2人の運命の歯車が回り始める---




「…ふう。」



一大企業のトップに立つ父を持った娘とはいっても、滅多にパーティーなど出ない瞳子にとって今夜のパーティーは正直苦痛であった。


エスコートする筈だった遼太郎が急な出張で来られなくなり、父に同伴する形で来たものの父は取引先や知人と話があって自分は辛うじて挨拶する程度で邪魔にならないようにしているのが精一杯。


普段パーティーにも参加しないが故に友人知人などいる筈もなく、やたらと絡んでくる如何にも女好きですといった感じの軽薄そうな男たちから逃れるようにして、瞳子はパーティー会場の外庭にある薔薇の庭園を月明かりの下散策していた。



庭の向こうに小さな東屋(あずまや)があることに気付いた瞳子は、何かに惹かれる様に歩き出す。



----誰かいる…?



東屋で月を見上げる背の高い男の後ろ姿に、瞳子の目は釘付けになっていた。



男も自分を見詰める若い娘に気付き、視線を向ける。


交わした眼差しだけで恋に落ちた2人に言葉は要らなかった…。





「……カーット!!
…はい、OKです!!」



息が詰まるほどの緊張感から解き放たれたスタッフ・キャストから盛大な溜め息が漏れた。



尚はその日一日の撮影そのものに当惑していた。


前回の撮影が嘘の様にスムーズに進んでいくのだ。


蓮とのシーンが無かったにしても、キョーコはもっと自分相手なら引っ掛かる。

そう思っていたのに!?



その日の撮影が終わり、吉野に同行して貰いキョーコに声を掛けようとした尚の目に飛び込んで来たのは、楽しそうに廊下で歓談するキョーコと自分にとって最も気に食わない男とそのマネージャーの3人だった。



声を掛けることも出来ずつい身を隠した尚の様子にこっそり苦笑しながら、吉野はその歓談に混ざるべく尚を置き去りにして歩き出した。




「お疲れ様です。
いやぁ、今日は順調でしたね。
この前の撮影の時はうちの尚がご迷惑おかけして…あ、でも今日はどうしてこんなにスムーズに進んだんでしょうか。
正直また尚が足引っ張るんじゃないかと冷や冷やしてたんですよ。」



今日の撮影の途中から尚がずっと思っていた疑問を、吉野は見事に代弁してみせた。



「…実は初日なんですが、緒方監督に言われていたんです。
彼の実力を量りたいのでNGにひたすら耐えて欲しい、って。
こちらの意図を彼がどのくらいまで汲み取れるか知りたかったみたいです、緒方監督は。」



蓮の言葉に尚は隠れながら憤慨していたが吉野は納得いったと頷いた。



「…それであいつの力量を量れたってことで、今日のスムーズな流れになるわけですか。」



「…実は私もそれが訊きたかったんです。
敦賀さんなら、アイツに演技させるくらい雑作もない筈なのにって思って…。」



アイツなんか敦賀さんの掌の上でコロコロ転がされちゃいますからね、と笑うキョーコに尚はカッと頭に血が昇ったが、芝居に関してはずぶの素人であることは自覚していたのでどうにか踏みとどまり、臍を噛む思いで去っていく3人を見送っていた。




「…おーお、進歩したじゃねーか。
あの話の内容で突っ掛かって来ないなんざ、今までのお前ならあり得ねーもんな?
成長したって褒めてやるよ。」



歯がゆい気持ちで吉野を睨み付けるものの、客観的に自分の行動を見返してみれば確かにそうだった。



「…………」
「…まぁ実力が無いんだ、遠慮しないでぶつかるこったな。
  お前以外の全員がちゃあんと弁えたスタッフとキャストだ。
せいぜい転がしてもらって勉強しろや、素人なりに、な。」




その次からの撮影も極めてスムーズだった。


初日に散々引っ掛かった蓮とのバーのシーンの撮り直しですら呆気なく済み、本当にこれでいいのかと思わず監督に訊ねてしまうくらいであった。



「大丈夫ですよ、敦賀君や他の皆さんに引っ張られていい表情も出てますし。
それに正直、敦賀君との絡み以外はほぼ当て書きに近いんじゃないかと思うんですけど…?」



自分と接点のない筈の緒方が自ら書き上げた脚本が、当て書きとはどういう事なのか首を傾げるしかなかった尚だが、事実蓮との絡み以外はあまり考えずに動けたので多くは話そうとは思えなかった。



半ば釈然としない思いでその日の撮影を終えると、吉野は翌日の仕事について運転しながら説明した。



「…明日からは新曲のレコーディングだ。
上がり次第プロモの撮影もしていくからな。」



「…へーい。」



今日のこの言葉遣いに関しては吉野は文句を付けなかった。


レコーディングに入る前に撮れる分は撮ってしまおうと尚のシーンが優先的に撮影されたため、かなりのハードスケジュールになったのだ。


ぐったりしていても仕方がない。


間を置かずに助手席でうとうとし始めた尚が完全に眠りに落ちた頃、吉野はぽつりと呟いた。



「…明日からは悪夢を見ることになるんだ。
今夜だけはゆっくり眠るがいいさ。
今だけだからな、魘されること無く眠れるのなんか…。」



キョーコの半生と尚の半生、東京に出て来てからの2人の生活もローリィがきっちり調べ上げ、その全てを宝田一味に報告していた。


それ故の秘めた怒りが一味の共通認識であり、教育的指導に顕れていたのだ。


吉野の言葉には口にされずとも愉悦が篭っていても仕方がなかっただろう。


何も知らずに夢の中に沈む尚を乗せたまま、吉野の運転する車は夜の闇の中に消えていった…。