道徳の系譜 − フリードリヒ・ニーチェ | K's SHOPのブログ

道徳の系譜 − フリードリヒ・ニーチェ

・およそ刑罰によって達せられることは恐怖の増大、用心深さの増進、欲望の制御がそれである。この点からいって、刑罰はにんげんを馴致するにしても、これを<より善く>することはない―――むしろこの反対を主張する方が当を得ているであろう。」


・報復しない無力は<善良さ>に、びくついた卑劣さは<謙虚>に変えられ、憎悪をいだく相手にたいする屈従は〈従順〉(つまり、彼らの曰くでは、この屈従を命ずる者にたいする従順―――この者を彼らは神と呼んでいるのですが)に変えられます。弱者の退嬰ぶり、弱者にたっぷりそなわった怯懦そのもの、戸口でのその立ちん坊ぶり、その仕方なしの待ちぼうけぶり、それがここでは<忍耐>という美名で呼ばれます。それはまた徳そのものともいわれるらしいのです。それに<復讐できない>が<復讐したくない>の意味におそらく宥恕という意味にすらなっています(「彼らはその為すところを知らざればなり―――ひとりわれらのみ彼らの為すところを知るなり!)。それにまた、「敵に対する愛」についても話しています―――しかも汗だくでやっています。」


・<罪>なるもの―――こういわれるものはじつは動物的な<良心の疚しさ>を僧侶流に解釈し変えたもの。


・私の場合<善良化>とは―――<飼い馴らす>、<弱くする>、<意気地なくする>、<繊細にする>、<柔軟にする>、<去勢する>などの(つまりは傷めそこなうとでもいうべきほどの・・・)意味と同じだ。


・「何ものも真ではない、一切は許されている。」