ふと、最近の小学生ってラジオ体操とかやってるのかな?
と思い、たまたま早く目が覚めたので、ラジオ体操やっていそうな近所の神社に行ってみました。
そしたら小学生ではなく、首にタオル巻いた高齢者の方々が円陣を組んで、
「1、2、3、4」と言いながら、手をパーにして肩を叩く独特な体操をしていました(´∀`)
高齢者ご一行を横目に、神社の神様もお参りしました。
お参りを終えて、境内の清々しい木々のトンネルの中を歩いていると、ふとこんな考えがよぎりました。
神社って何か願いを叶えたり、運が開けますようにとかって拝む場所であるけれど、そうする事で心が安定するから、事の善悪の判断に間違いが起こりにくくなる。
それが開運って事なのかなと。
神様が奇跡的な事を起こしてくれる事もあるのかもしれないけれど、何より大事な事は日々の最善な行いの積み重ねだから。
私の場合は時々神社にお参りするようになって、迷う事がだいぶ減りました。
仮に、二つの事で迷う時は、片方の道には行かない方がいいと思わせるような事が必ず早急に起こるので、あ、こっちなんだと判断がしやすくなっているので。
不思議。
とてもありがたい事です。
神様に限らず、皆様にもありがとう。
そんな朝でした。
世間体や批判。
人からすごいと思われたいとか。
そんな事よりも、もっと自分の中の思いを具現化したい。
失敗してダメかもしれないという気持ちよりも、次はこうすればもっと良いものが生まれるはず。
自然にそう思う。
好きな事をやるってこういう事なのかーと、自分の好きな世界で生きる達の気持ちがやっと解り始めたような、そんな気持ち。
今夜はブルームーンという満月らしい。
残念ながら見れなさそうだけど。
さて明日から夏本番、8月だ🌟
生まれて初めて夏が嫌いと思わなくなりました。
暑さってどうにもこうにも冷房付けないと逃れられないのが嫌で、ずっと嫌でした。
でもふと急にはっとしたんです。
太陽は四季によって自分が体温調整してるわけじゃなくて、ずーっと変わらず同じ状態で燃え続けている。
そして、たまたま私達は地球にいて、地球自身が自分に最善で都合がいいように、これまた自分が都合いいようにクルクル回りながら太陽の周りを公転している。
回って循環していないと生物が生き続ける事はできないし、詳しい仕組みは分からないけど、もし地球に心があるのならば、「私は回って動き続ける事が快適で、それこそが私らしい生き方なの」なんて事を語ってくれるかもしれない。
四季っていうのは、動かない事柄に対してこちら側が勝手に「今日はあの人穏やかだな(春)」、「今日はなんかめっちゃ機嫌悪くて、こっちやけに八つ当たりしてくるなぁ。夫婦喧嘩でもしたのかな(冬)」とか全部自分都合(地球都合)に感じてるだけなんで、太陽に文句言っても何も変わらない。
すべて受け取り側のこちらの問題。
で、あーこれって普通の人間関係と同じだなって思いました。
人間関係は小さな天体ショーが繰り広げられているんだなって。
あんなに果てしない大きな存在の物も実は私達と同じ流れで過ごしてるなんて不思議だわ。
なので、夏や冬の厳しさも「まぁそういう時もあるよねぇ」って寄り添えるような気がしてきたのです。
周りの人は太陽で、自分は地球。
自分は周りの人にとっては太陽で。
太陽でゴメンね。
でも自分が太陽になってると気付いたら、地球になれるように努力するよ。
とりあえず私は地球でいる事を意識していくよ!!
………。
最近のお風呂での閃きと妄想でした。
こんな事、真顔で周りの人に語ったらみんな逃げて行きそうなので、ここで吐き出してみました。

