先日はお母さん娘ちゃんが18歳を

迎えましたバレエバースデーケーキお祝い

 

育てている時は必死で

早く大きくなって欲しいと

思うものですが振り返れば

子育てはあっという間ですよね。

 

 

今日は自分への備忘録と言う事で

お母さん娘ちゃんの出産秘話笑

残したいと思います。

(長いのでスルーして頂いてもオッケーですOKてへぺろ

 

ひまわり

 

あれは18年前の夏

 

 

出産予定日より

1週間ほど延びても

なかなか生まれてこなかった

お母さん娘ちゃん、いよいよの時がきました。。

 

 

ニコニコニコニコニコニコ「こんにちわ~!」

 

 

キョロキョロ「宜しくお願いします〜」

 

とある総合病院に入院しました。

 

 

すぐには生まれて来ないので

 

 

一度パパさんは自宅へ戻りました。

 

 

同じ部屋にいる妊婦さん達は

次々に産気付き

無事出産しましたが

 

 

お母さん娘ちゃんは

なかなか生まれてくる気配が

ありませんでした。

 

 

ようやく夜になり分娩室に行くことに。

 

チュー「行ってきますー」

筋肉ニコニコニコニコ「がんばってー」

 

 

夜遅かったので分娩室には

私だけでした。

 

 

今でも覚えているのは

分娩室の壁全体にこのプチプチが

貼られていたこと。

痛みに叫ぶ為の緩衝材の役目なのか

痛みで壁を叩いて

怪我をする防止用なのか

わかりませんがこれを見て

ガーンぞっとした記憶があります。

 

 

ヒッヒッフー ヒッヒッフーDASH!DASH!

 

痛みが出てきたので

パパさんにお願いして

ゴルフボールを腰に強く当ててもらい

痛みを和らげたりしていたのですが

 

 

だんだんとゴルフボールが

押されなくなってくるんですよ。

パパさんは夜に弱いので

すぐにウトウトしてしまい。。。

 

 

その姿を見ていたら

なんだか可哀想になっちゃって泣き笑い

思わずパパさんに

ニコニコ「ベットに半分入る?」

って陣痛に苦しみながらも

聞いてみたんですよ。

 

 

そしたら本当に入ってきちゃってにひひにひひ

 

そのままいびきをかいて寝てしまいました。

 

 

しばらくして看護婦さんが来たのですが

寝ているパパさんを見て笑っていました。

 

真顔病院「随分お疲れのようですね。

お母さんは隣のベットへどうぞ」

と言うので隣のベットに移りました笑い泣き

 

 

結局パパさんは明け方まで

グースカ 寝ていましたチューぐぅぐぅぐぅぐぅ

 

分娩室のベットで寝ちゃった男の人って

日本全国探してもパパさんくらいしか

いないと思うーwwwにひひにひひ

 

 

 

 

そして朝になりましたが

一向に赤ちゃんが生まれる気配もなく

陣痛促進剤を使っても下りてこない。

 

どうやら「回旋異常」という

赤ちゃんが何かしらの原因で

うまく回旋が出来ない状態にあるとのこと。

 

もう苦しいやら痛いやら。

 

安楽死の注射がここにあったら

打ってしまうんでないかと

思うほどの壮絶な痛みでした。

 

 

このままいくとお母さんも赤ちゃんも

危ないとのことで「緊急帝王切開」と

なりました。

この状態でいきなり看護婦さんから

同意書にサインすることを

求められます。

 

 

もちろんそこには

〇〇パーセントの確立で

命を落とす事もある、、、的な

こわーい事も書かれてあるわけです。

これにサインをしなければ

手術は出来ないので

パパさんも判断を迫られるわけです。

 

 

私もヒッヒッフー、ヒッヒッフーと

ほぼ瀕死な状態ですが

隣で看護婦さんに

今までの病歴や手術歴などを

聞かれ答えなければなりません。

 

そしてこの状態で

まともな判断が出来なくたって

サインをさせられます叫びあせる

(もー、今ならいろんなものにサインしちゃうよッグラサン

 

 

サインをした途端に貴金属は

外されます。

結婚指輪があっというまに

看護婦さんの手に。

 

 

そして緊急なのでドタバタと

用意をする事になり

あれよあれよという間に

看護婦さんに服を脱がされ

手術着の下は

ほぼスッパな状態でニヒヒ

 

 

いやん(///▽///)

 

 

まさか帝王切開に

なるとは夫婦共々思っておらず。

 

 

おじいちゃん病院「では緊急帝王切開を始めます)

 

 

麻酔用マスクをして

ぼんやりしてきたら

 

 

こういう太い注射器で背中に

局部麻酔をしました。

 

(画像お借りしています)

 

麻酔銃で使うみたいな

 

 

(画像お借りしています)

 

でっかい注射器でしたよ。

 

 

おじいちゃん病院「はい、背中をくの字にしてね」

 

と言われ背中を曲げるとブスリ!

絶対痛いはずなのに陣痛が痛すぎて

苦しすぎてもう痛みなんか感じないー。

 

 

きゃぁ~叫び

 

麻酔が効いたらメスナイフ

お腹をチョッキンハサミ

 

皆さんはお腹を切ったら

赤ちゃんが桃太郎のように

ぴょこーんと

出てくると思っていませんか?

 

 

実際は大の大人が4人がかりで

 

 

いっせーのーで!!

 

パーパーパーパーパーパーパーパー

 

とお腹を強く押します。

 

これが結構重くて苦しいのです。

 

 

無事生まれた後は

お腹を切っているので

看護婦さん達が何度も

見回りにきて

熱を測ったり

 

 

お腹に氷枕のような

冷たくて重いものを

乗せに来ます。

これがすんごーく

嫌な感じがするものでした。

 

 

お腹を切っていても

血栓が出来ると危ないので

看護婦さんは

歩け歩け動け動けと

言います。

ベットも自分では起き上がれないので

看護婦さんに手動でベットを

あげてもらいました。

 

 

歩けって言っても

お腹開いちゃう~叫びって

思っちゃいますよね。

間違って足の先をどこかに

ぶつけたもんなら

「あう”〜」

と動けなくなります。

 

 

 

同じ病室の妊婦さん達は

なかなか私が戻ってこないので

心配していたようでした。

 

戻ってきた時は

ヘロヘロだったので

話したくても

話なんか出来る状態では

なかったです。

 

陣痛促進剤で苦しみ

陣痛の痛みを最後まで味わい

結局最後は帝王切開という

フルコースナイフとフォーク

味わってしまいましたにひひにひひ

 

 

お食事を持ってきてくれる

笑顔ひとつ見せない

配膳のおばさんがいました。

 

お茶を置くときも

ドン!とこぼれる勢いで

流れ作業的に置いていくのですが

そのおばさんが戻ってきた私を見て

 

 

おばあちゃんお茶「apple-threeさん、

お産大変だったわね」

 

とねぎらいの言葉と

笑顔をくれたので

傍からみても私のお産は

壮絶だったのでしょう。

 

 

 

 

出産後数日してようやく

お母さん娘ちゃんと会えました。

 

帝王切開の場合、産道を通らずに

生まれてくるので

半分溺れたような状態で

出てくるそうです。

なので呼吸や心拍などが

安定しないのでしばらくは

ICUに入り注意深くケアして

もらうんです。

 

 

初めてみる我が子びっくり

なんか不思議な感じがしました。

 

 

赤ちゃんが生まれると

皆授乳をしに授乳室に

行きますが

 

 

お腹を切った私は

数日は授乳することが

出来ないので

代わりに看護婦さんが

哺乳瓶で

飲ませてくれるのですが

 

 

ただこの数日の間に

赤ちゃんは哺乳瓶の楽さを

覚えてしまうんですよ。

 

お母さんのお乳を吸うより

哺乳瓶の方が楽に

ミルクを飲むことが出来るんです。

 

 

お乳が沢山出るお母さんは

授乳した後も

牛乳瓶1本分くらい

出せるのですが

 

 

私は授乳しなくても

頑張って絞っても

盃一杯くらいにひひにひひ

(イイんです、私のおムネは鑑賞用なので・・グラサン

 

 

それを冷蔵庫に次の授乳タイムまで

入れておきます。

初乳は栄養たっぷりですからね。

 

 

ようやく授乳が出来るようになり

看護婦さんが連れてきてくれ

ついに私も母と感じる事が

出来るのか!と

思ったのも束の間

私のお乳はまったく出ないので

お母さん娘ちゃんは嫌がり大泣き

何度やっても飲もうと

しませんでした。

 

 

新生児で力もないはずなのに

両腕で力いっぱい母を避け

ヒステリーのように泣く娘。

 

 

全力で母のお乳を嫌がる新生児笑い泣きでした。

 

 

看護婦さんが

真顔病院赤ちゃんをちょくちょく

見に行けばおっぱいが

出るかもしれないわよ」

 

というので見に行きましたが

あまり効果はありませんでした。

 

 

多分心のどこかで

「粉ミルクがあるじゃんグラサンひらめき電球

って思っていたからかもしれません。

 

 

*18歳おめでとう!の思い出 part2 へ続く。。。

 

りんごりんごりんご