「なぜあんな良い人(良い子)がこんなに早くに。。」

 

人が天に召された時によく聞く話だ。

 

確かに「良い人(子)、真面目な人(子)」という人が

 

突然に、または病に倒れる事が多い気もしてならない。

 

そんな事を聞く度にいつもそう感じてしまう。

 

 

あるスピリチュアル系の本では今ある問題は

 

今生きている人達で解決出来る問題であり

 

早くにお空に戻ってしまう「魂」

 

次の世代で必要とされる人達だからと

 

読んだことがある。

 

それを素直に信じる事が出来れば

 

大切な我が子は

 

「徳があった」

 

と考えられて少しは慰めになるのかもしれないが

 

親ならば

 

「憎まれっ子世に憚る」

 

という言葉があるように多少憎まれようが

 

我が子には逞しく長生きして欲しいと思うはずだ。

 

 

子供が亡くなると「子供は何かを伝える為に

 

親を選んで生まれてきた」とか

 

「その死に何か意味があった」などと

 

いう人もいるがこの考えに私は疑問を感じる。

 

 

身勝手な親の虐待などで命を失われた子供の命に

 

何か「意味」があったと言えるのだろうか。

 

子供を失う事で「悲しみや試練が魂の成長」だの

 

「魂を磨く為」だの言う人もいるが

 

私はそんな話は共感出来ない。

 

 

「逆縁」の親達が子供を亡くしてまで

 

魂を磨いたり成長する必要があるなんて

 

到底思えない。

 

 

もし神様がいるというのであれば

 

神様はそんな残酷な事をするのだろうか?

 

 

それを「試練」と信じられる人もいると思うが

 

私はそんな風に思えない。

 

 

息子を失い感じた事。。

 

 

それは人生は「不条理」であるということ。

 

 

世の中にはもっと酷い人もいる。

 

 

巧妙なやり方で人を傷つけ何事もなかったかのように

 

笑って普通に過ごしている人がいる。

 

負のメッセージを送ってきたその人が

 

私に微笑んでくる時 そんな不条理を感じる。

 

なぜなら周りの人はその人が朗らかに笑顔で

 

いる時そんな事をする人だとは思わないだろうから。

 

 

でも私は思う。

 

 

空に向かってツバを吐けばいつかは

 

必ず自分の元に返ってくる。

 

 

誰も気がつかなくたって

 

神様はちゃんと見ているはずなのだから。。。

 

 

 

 

あ〜、ごめんなさいm(__)mアセアセ

 

今日は毒を吐いてしまいましたニヤリ

 

 

(画像お借りしています)

 

どうか水に流してくださいませお願いアセアセ

 

(画像お借りしています)

 

トイレあせる        

                  リンゴリンゴリンゴ