「バランス」
家族にはそれぞれ何かしらの役割のようなものがある。
それは子供であったとしてもそうだ。
誰か1人でも欠けてしまうと家族という「社会」は
バランスを失ってしまう。
遺族はうまくバランスを保てないまま、ごまかしながら
何とか保って過ごしていくのかもしれない。
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子供にはひとりひとり個性がある。 カラーがある。
ある子はいつもお道化て家族を楽しませてくれる
ムードメーカーかもしれない。
優しい子供
頼もしい子供
慎重な子供
活発な子供
臆病な子供
またある子は甘え上手で母親の母性をたっぷりと
くすぐる存在の子かもしれない。
我が家の息子も少しずつ頼もしい息子へと
成長してきた時だった。
買い物でもキャンプでも重い荷物は文句を言いながらも
一番運んでくれたり手伝ってくれるのも息子であった。
小難しい塾の宿題なども頼めば息子は次男へ教えてくれた。
子供っぽい喧嘩も多かったが一緒にゲームをしてくれたり
次男の遊び相手になってくれた良い兄だったと思う。
おしゃべりの次男はいつも息子の名前を呼び
楽しそうに話していた。
今はその話し相手がいなくなってしまった。
私達には頑張ってもその息子の代わりにはなれない。
「おう、
、一局やるか!」
会社から早く帰ってくると酎ハイ片手にパパさんは
息子とよく将棋をした。
「俺に勝ったら500円な。」
その言葉に息子は必死に将棋を覚えた。
強いと言われていたパパさんに最初は負けていた
息子だったが次第ににめきめきとその頭角を現し
お酒が回ってきたパパさんに勝つ事が多くなった。
それをいい事に酎ハイを呑んでいるパパさんに
息子は勝負を申し出る事が多くなった。
勝つ事が多くなった為に賞金は500円から200円と
格下げとなったが息子はそこで勝ち得た200円を
大切に貯金箱に入れていた。
もうその二人のやり取りを見る事がなくなってしまった。
将棋セットは今や押入れの中で眠っている。
「おう、
、一局やるか!」
たまにふとリビングを見てはその光景を思い出す。
そしてまた将棋をしているところを見たいと
叶わぬ事を思ったりする。
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キャンプでもパパさんはよく息子と絡んでいた。
次男ではまだまだ子供で相手にならなかったのだろう。
いつも息子はパパさんのターゲットになっていた。
私はその二人をカメラに収めながら
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「逃げて―! 逃げてー!捕まるよ!」
と笑いながら息子を応援していた。
目を閉じると今でもその思い出が目に浮かぶ。
そんな思い出はほんの数年前のことだ。
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次男は今でも家でゲームを見つけると皆で遊びたがるが
1人欠けただけでもなぜか気持ちが乗らないものだ。
「人生ゲーム」
私が小さい頃好きだったゲームだ。
私達は息子という人生の目標を一つ失ってしまったような
ものだから昔描いていたような「ゴール」には
もうたどり着けないのだと思う。
ゴールが近くにあるように見えても何度も何度も
「ふりだし」に戻ってしまうだろう。
でも「上がり」に到着出来ないからといって「すごろく」のように
「いち 抜けた〜」
とそこから降りるわけにはいかないのだ。
人生には上り坂、下り坂、ま坂 の3つの坂があるという。
我が子の死は予想だにしなかった「まさか」である。
人生は上り坂でも下り坂でもつまずかないように
慎重に歩いていけば良いだろう。
でも「まさか」に出遭ってしまった私達は
どのように人生を歩いていってよいのかわからない。
それはきっと誰にもわからないはずだ。
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