今日テレビで小学1年生の男児が
交通事故で亡くなるというニュースをみた。
それを聞いて胸が痛くなった。
若い頃子供が亡くなる話を聞くと
「可愛そうだな。ご両親も可愛そうだな」と思った。
自分が親になった時にはそれは他人事ではなくなった。
我が子が亡くなると想像するだけで身震いがした。
子を失うという当事者になった今
このようなニュースを聞くとなんとも言えない気持ちになる。
「可愛そう」だとかそんな生半可な想いではない。
あの時の叩きつけられたような絶望がフラッシュバックする。
またこれで悲しみに暮れる家族が増えてしまったのだと
同じように苦しむ家族が増えてしまったのだと
お子さんの冥福を想いながら同時にそう考えてしまう。
子供は宝
子供は天使
命は地球より重く尊いはずなのに
なぜ命はこんなにも儚いのか。。
![]()
息子の49日法要はしたがまだ納骨はしていない。
まだ甘えたい盛りの息子
きっと家族と一緒にまだ家に居たいと思ったからだ。
![]()
息子の為に今ある古いお墓
を新しく建て直したいと思った。
石屋さんと何度も打ち合わせをして
その都度私達の希望を伝えた。
この数か月でお墓の事にも妙に詳しくなってしまった。
出来上がってくる完成図に喜びながらもなぜ私達はこんなにも
懸命に我が息子のお墓を作っているのかと
訳がわからなくなる日もあった。
まだ若い息子に「これぞお墓」という和型のお墓
は
似合わないと思い少し珍しい感じのシンプルだか
少々個性的なものにした。
絶対息子が気に入りそうなデザインだ。
2か月近くかかりようやくお墓のデザインが決まった日
帰ってから息子の仏壇に初めてそのデザイン画を見せた。
「
、お墓が決まったよ! かっこいいお墓が出来るよ!!」
そう伝えて夕食を作ろうとキッチンへ行き電気を付けた瞬間
チカチカチカッ
と光り電気が切れた。
もう10年近く経っている電気だから寿命といえば
寿命かもしれないが今まで調子が悪い事はなかった。
あまりにも絶妙なタイミングで電気は切れた。
「お墓を決めてくれてありがとう!」
「きっと
がそう言っているね」と
パパさんと私はそう解釈した。
![]()
そして最近になって気づいた事がある。
「また同じ日だ。。。」
お墓を決定して報告したその日は
息子の誕生日と仏になった日と
偶然狙ったわけでもないのに同じ日であった。
息子は自分の誕生日の数字に何か自分の存在という
アピールをしているのではないかと思った。
![]()
今日は夕方長女の塾の個人面談があり
パパさんと一緒に向かった。
このまま行けば希望校を狙えると言われ
パパさんも嬉しそうだった。
久しぶりにパパさんの嬉しそうな顔
を見た。
(いつもの寿司屋にて)
今夜のお酒は格別に
美味しかったに違いない![]()
。
息子よ、
お姉ちゃんも頑張っているよ。
![]()
![]()
![]()


