この度は息子(長男)の冥福を祈って頂きありがとうございました。

 

会った事もないブロガーの皆さまより

沢山の温かく優しいお言葉を

頂き大変感謝しています。

 

深い悲しみの中皆さまからのコメントに励まされました。

 

 

 

 

街はもうクリスマスカラーで一色です。

 

1年で一番好きなこの季節。 

 

今年ほどクリスマスムードの街並みが悲しく寂しく

見える年はありません。

 

あれから数か月が経ち季節が冬へと変わりましたが私達夫婦は

今だにあの日から時が止まったような感じがしています。

 

大切な家族を失う悲しみは比べる事は出来ませんが

 

「親」を失う事は「過去」を失うという事

「配偶者」を失う事は「現在」を失うという事

「子」を失う事は「未来」を失うという事

 

と言われているそうです。

 

長女、次男が私達に見せてくれる「笑顔」も「未来」もあります。

しかしながら「長男」という唯一無二の存在。

その息子の「未来」はもうどこを探してもないのです。

どんなに泣いても会うことも声を聞く事も出来ません。

ぽっかりと空いてしまった心の穴を埋めるものは

今のところ見当たりません。

 

2014年の夏から始めたキャンプ。

数えてみると約4年で38か所も息子と共に行っていました。

私達は2014年から2015年にかけてほぼ毎週キャンプに

出掛けていたようです。

 

今年の夏は酷暑と台風の影響でキャンプを断念しようと

ギリギリまで迷いましたが運良く台風が逸れ

計画していたキャンプ場に行く事が出来ました。

38か所のうち30か所はすべて違うキャンプ場に

行っていましたがこの夏はその中でベストだと思う

お気に入りの2か所のキャンプ場に

家族で再び行く事が出来ました。

 

4年ぶりに訪れたキャンプ場はあの時と同じ美しい景色で

私達を待っていてくれきっと息子もどこか懐かしく感じ

過ごしたのではないでしょうか。

私もあれから4年経った子供達を見ながらその成長ぶりを

振り返っていたところでした。

 

この夏のキャンプでは息子は「僕もカメラで撮りたい!」と

やたらと私のカメラを使って写真を撮りたがり風景や昆虫、

そしてお気に入りのぬいぐるみの写真を撮るなどして

楽しんでいました。

 

夏の千畳敷カール登山ではそびえ立つ岩山に興味が

沸いたらしく珍しく登ると言い息子と

私と二人で休み休み会話をしながら登りました。

 

子供が3人ともなると3人まとめて写真を撮ることが多く

1人を撮ることが減るのですがこの時ばかりは私と息子で

お互いの写真を撮り合ったりしました。

山頂でなぜ息子と一緒にツーショットの写真を

撮らなかったのか今更ながら残念でなりません。

 

山小屋でソフトクリームを買い岩に座ってたわいのない話を

しながら20分ほど息子と2人だけの時間を過ごしました。

 

 

この時普段はあまり使わないカメラのビデオ機能を使って息子を

撮ろうと思い立ちたった15秒ほどですが

カメラを息子に向けました。

 

お父さんくん、頑張った後のソフトクリームの味はどうですか〜?」

の私の問いに

「美味しい」とちょっとはにかんだような笑顔で

ソフトクリームを舐める息子。

 

それが動いている息子の最後の映像となりました。

 

今にして思えばこれらは神様からの私達への

最後のプレゼントだったのでしょうか。。。

 

 

今年最後のキャンプ場で行った「ろくろ体験」では息子は

祖母の為に湯飲みを作りました。

 

 

失敗してイビツな形になってしまい一輪挿しかペン立て

くらいにしかならない作品になってしまったため

「おばあちゃんにこれを一輪挿しにしてあげたら?」と言うと

 

お父さん「これは僕のものにする。何に使うかは後で考えるよ」

 

と新たに1つお皿を作りました。

 

 

 

お父さん「パパ、来年も絶対また連れてきて!!

今度は手ひねりで作りたい!」

 

と楽しそうに言っていた息子の言葉が忘れられません。

 

 

息子が亡くなって数週間後に届いた遺作となってしまった作品。

 

 

出来上がった息子の作品は

まるで自分への一輪挿しのようでした。

 

 

お義母さんへの黒塗りのお皿も

自分自身へのお供え用のお皿にも見えました。

 

 

 

お義母さん曰くここ何年もお盆のお供え用のお団子を

作らなかったのに今年だけは珍しくお盆にお団子を

多めに作って冷凍していたそうです。

 

 

それを孫に供える事になるとは夢にも思わなかったと思います。

 

 

千畳敷カールの頂上で写真を撮った時に偶然にも

「浄土」と書いてある辺りに

そっと手を添えて映っていた息子

 

 

まさか本当に旅立つ事になるとは

この時想像さえしていませんでした。

 

そういえば今年のGWに宿泊したホテルも数年前に訪れた

思い出の場所でした。

その時もプールで遊び鉄板焼きを楽しんだりビアガーデンで

ブッフェで食べたりと有意義な時間を過ごしました。

まだ小さかった子供達が階段でじゃんけんをしながら

「グリコ」をやって遊んでいたのを思い出します。

 

このGWではそのホテルで偶然にもプールが貸切状態になり

家族水入らずで楽しく数時間過ごせました。

子供達の笑い声が反響しているその場面が

今でも目に浮かびます。

考えてもみるとあんなに大きなホテルなのに4時間近くも

他のお客様がプールサイドに誰も来なかったのも

不思議と言えば不思議です。

 

*今年の旅行はまるで思い出旅行の様だった

*異常気象だったがキャンプに行け過ごせた

*息子が撮った数々の景色の写真が残っている

*二人で山に登り息子のビデオ映像を残した

*一輪挿しのようになってしまった息子の作品

*数年ぶりに偶然にも作ったというお義母さんのお団子

*「浄土」のところに偶然手をかけ写真に映っている息子

 

そして

 

*息子がこの世に誕生した日と仏さまになった49日が

同じ日だったという事

 

霊感が人一倍強かった息子。

 

仕組まれていたような偶然すぎる偶然の一致や出来事に

何か意味があったのか、

私達は息子がまるで「神隠し」のようなものに遭ったのでは

ないかと今もなお息子がいなくなった事を

信じられず受け入れられずにいます。

 

今 家の息子の祭壇にはデジタルフォトフレームが

置いてあります。

今までに撮った何百枚という家族写真が数秒ごとに

走馬灯のように映り変わっていきます。

赤ちゃんの頃から最近の息子までの短すぎる

一生の思い出が一気に流れてきます。

 

人生は無常ですね。

 

私はこれから先もずっと子供達3人を

撮り続けられるだろうと

なんの疑問も疑いも持たずにいたのです。

 

2015年から始めたブログですが、そのおかげで

沢山の写真を残す事が出来ました。

子供が大きくなるにつれ記念日くらいの写真を数枚しか

撮らなくなってくるものですがブログをしていた事で

少しずつ薄らいでいってしまいそうな記憶の中の息子の横顔、

後姿、歩く姿、何気ない普段の様子なども残すことが出来ました。

 

旅行先での景色はもちろんの事、その時見たもの食べたもの、

道端の花や空の雲でさえ写真に残っているとすぐに

その場面にタイムスリップが出来る事が

心の支えにもなっています。

ブログを始めなければ残さなかったであろう毎日の食事、

子供達のお弁当やお菓子作り

日々の出来事など忘れてしまうばかりの

私達の「平凡な日常」がブログを続けていた事により

思い出として沢山残りました。

 

乗り越えるにはまだまだ時間が足りなく、

きっと乗り越える事も忘れる事も

一生ないのだと思います。

 

それでも残されたものは今ある人生を進んでいくしかありません。

 

「一日一歩 三日で三歩 三歩進んで二歩下がる」

 

前を歩いては後ろに戻ってしまう日々の中にいます。

まだ誰かと会って話がしたいという気持ちも余裕もありません。

 

ただ息子の思い出を入れながらまたブログを

再開していきたいと思いました。

そうすることでこの暗闇の中で何かが

見えてくるのかもしれません。

 

息子の事を語る時は傍にいるような感じがして

まだ繋がっているんだと思うと

私も穏やかな気持ちになれます。

 

この場を借りて自分の想いを綴ったり

息子にもメッセージを

送り続けたいと思っています。

 

 

 

 

今までもこれからも

私達の子供は3人に変わりはないのですから。

 

 

 

久しぶりのブログに長くなってしまいました。

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

                                   りんごりんごりんご