すっげえ気持ちが鬱屈していた。季節の変わり目だし、30を過ぎてから物事を明るく考えられなくなる時がある。

死ぬ思いをした時期も乗り越えた。

基本的には何でも何とかなると思っている。

けどどうしようもない鬱屈が体を蝕むこともある。

生理みたいなものか。

否、女性に失礼か。

新しいヘッドフォンとポータブルアンプは10万した。惨めな中小企業勤務の僕には贅沢だ。

けれど解放されている。

音楽を聞いて酒を飲んで鬱屈した気持ちを振り払う。

何かに依存して誰かに寄りかかって思い出に耽溺して人は1日をやりくりするのか。

耐えがたい感情があればそれをSNSにアップするのか。

否、人は思うままにしか生きられないし僕なんか思うままの塊なのかもしれない。

生きるということに鬱屈する。

鬱屈することに鬱屈する。

覚悟の問題か否か。

何かに埋没するか否か。

関係性の中に人は埋没するか。

結局は全ての人が寂しいのか。

理解されがたい苦しみを抱えるか。

ただただ日は昇り日は沈む。

とにもかくにも日々は過ぎ去り我々は確実に終わりに近づいている。

そんなことは百も承知だし周知の事実だ。

しかしだ。

それでもだ。

我々は生きることを今は選択している。

それだけで価値があるのではないのだろうか。

死なないのだ。

生きようとしているのだ。

それだけで格闘だろう。

思い通りに行かなくて良い。

それが普通だ。

叶わないことが多くても良い。

それが普通だ。

生きるという選択を取るのは往々にして辛いことだ。

身をすり減らして今日を生きる。

そういう選択をした自分に毎晩祝杯をあげればよい。

経済が活性化する。

夢や希望をかなえられなくて良いし、思い通りに行かなくて良い。

生きてること自体に価値があることがアナウンスされれば良い。

そうすれば生きているだけで人は自分を価値のあるものと思えないだろうか。