ダノさんは怒ったことがない。私が聞いた話だと、人からひどいことをされてイライラする自分にイライラしたことはあるらしい。そんな彼の目下の悩みは頭の左側の生え際の平原化だ。焼野原になりつつある。デリカシーのない言葉で言うとハゲている。しかし、つるっぱげという訳ではないから、薄毛化しているという表現が相応しいだろう。
ダノさんは週に一度はカブの里にボロボロの中古車で遊びに来る。彼はここではない場所の住民だが心をここに残しているので彼の元にたびたび現れるのだ。久しぶりに会った彼の左の生え際はこのっ前会った時よりも際立って薄くなっていた。
「またストレスが貯まったの?」
と彼が聞くと、ダノさんは、
「はい。私の生え際にストレス貯金が増えると何故か髪は失われていくんです」
と悲しそうに答える。
彼は心配になって質問した。
「目は見える?字は読める?空気は読める?」
ダノさんは笑いながら答える。
「ああ、覚えていてくれたんですね。そうです。私の友人たちはハゲは目が見えない、字が読めない、空気が読めないと言うんです。けれどですね。メールが読めると安心してくれます。大丈夫です。完全につるっぱげではないですから。まだ望みはあります。」
「良かったね。生き残ったね。」
と彼が答えると、ダノさんは「では、私はこれで」とボロボロの中古車で里から消えていった。友達の話をしているうちに心が別の場所へと向いたのだろう。ダノさんは、カブの里よりも大切な場所があるのできっとそこへ出かけて行ったのだと思う。彼は、決して怒ることがなく、口下手で、穏やかなダノさんが大好きだった。けれど、ダノさんがカブの里ではなく他の場所を一番大切にしていることを少し寂しく思うこともある。けれど、ダノさんにそんなことは言わない。それぞれがそれぞれに大切な場所を持っていることでも嬉しいのに、ダノさんお大切な場所の一つにカブの里があることが大切な巡りあわせと分かっているからだ。大好きな友人の大切な場所の一つが自分の一番大切な場所と重なっていることが嬉しいのだ。だから、それだけで彼は十分だった。