桃李成蹊
平田幹人とFacebookで繋がった。
コイツは高校野球時代のチームメイトで、大学生活の中で「地球の歩き方」を片手にアジア圏を飛び回っている。
中国、カンボジア、タイ、ベトナム…
肌の弱い俺には到底無理だ。
Facebookにて平田幹人(以下ミッチェル)の投稿を読んでみるとこれは所謂一つの"意識高い系大学生"なのではないか、と気付かされた。
ミッチェルが中国に身を置いて感じたこと、考えたこと、見たこと、触れたもの…
これらを人生の糧、延いては就職に役立てよう。そうしよう。
それが良いと太郎さんも花子さんも言いました!(©はだしのゲン)
ってな訳だ。
なにも俺はミッチェルの行動を己の人生を優位に運ぶ上での材料にしているなどと言うつもりはない。
そんなことを言ったら俺はどうなる。
ニートだぞ。
おどりゃクソ森!(©はだしのゲン)
自分が材料集めもしない身分でそんなことが言えるか!
ミッチェルがカンボジアで子どもを撮影して、
世界にはこんな生活を強いられている子供たちが居ますよ、私たちは今の生活に感謝しなければならない、この子達は自分が恵まれていないなんて考えもしないかも知れないけれど私たちは恵まれた国で裕福に暮らしているのだから。
と、啓発的な写真を撮っていた頃。
俺は120kgのバーベルを挙げるのに躍起になっていた。
あまりにも下らない。
ウワーイウワーイ(©はだしのゲン)
自分が書いていて呆れるほどの馬鹿者だと思い知らされる。
しかし、話は変わるがユニセフやら赤十字やらは何故に毎度毎度お馴染みの栄養失調や劣悪な環境で暮らす子どもばかりを紹介してくるのだろう。
オ、ナイスデザイン(©はだしのゲン)
そんなことをされたら募金をしたくなっちゃうじゃないか!
宗教や個々の思想は各々が持って生きているのだろう。
もちろん俺にも思想がある。
俺が陳腐な人生で取捨選択してきた、思想とは言わないまでも気に入ったフレーズの中に"性悪説"とある。
生まれつき、の、悪。
人には誰しも利己心が備わっていて、善行すらも利己心から生まれるものだと心得る。
心よりの善行があるのだろうか。
ゴミが落ちているから拾うなんて当たり前のことも
「誰かが見てるかもしれないわ//」
「正しいことをしておけば何か良いことがあるかも知れないし…」
「カッケー!俺カッケー!カッケぇー!!」
「ギギギ…」(©はだしのゲン)
……世も末である。
俺の言う性悪説は孟子の説いたそれにまるっきり準ずるものではない。
当たり前だ。孟子ごときに俺様の思想の全てを語られてたまるか。
殺すぞ孟子。あぁ、もう死んでるわ。
言わばこれは明石節(あかしぶし)なるものの一種だと考えて良い。
ただ単に伝わり易いからとの理由で世に蔓延る性悪説という言葉を啄んだだけだ。
ユニセフや、赤十字の、または例として東日本大震災の募金活動をする活動家達。
君たちは素晴らしい!
感動した!
天晴れ神様女神様!
これで満足かい。
君の心は満たされたかな。
俺も結構恵まれてないと思うから俺のための募金箱も作ってよ。
何だって。
この募金はカンボジアの子どもたちと被災者のためにだって言うのかい。
なんてこった、コイツらいかれてやがる。
俺がどれだけ恵まれてないか気づいていない。
こ、こいつキチガイか(©はだしのゲン)
お分かりだろうか。
募金活動で「カッケー!俺カッケぇー!!」と言わんばかりの活動家たちはその活動理念に、恵まれない子供たちに救いの手を、としている。
善行は分かったから俺に理想を押し付けるのやめろ。
性悪説、もとい明石節によれば
彼らの活動は己を省みず恵まれない子供たちの生活を豊かにすることだという理想を追うことであり、その理想を抱いた時点で悪であるものとされる。
カンボジアを豊かにすることが彼らの理想であり、己の欲を満たす為の利己心に繋がるからだ。
こうした事を発言する俺は周りから大馬鹿野郎と称される。
当たり前だ。
俺が馬鹿な事くらい皆分かってらぁ。
でも、文字だけで見れば間違っていないんじゃないか。
善行=理想=利己心=悪
自分で捻くれたことを言っていると自覚していても口に出すのは中学一年生と俺くらいのものだろう。
前者は大人に勝てないのに歯向かっていたい思春期の暴君。
後者はクソッタレである。
クソッタレの俺が話を戻そう。
ミッチェルの行動力には正直、滅入った。
素直に感心する。
尊敬できる。
こんな奴が俺の親友なんだぜ!って自慢が出来る。
それが利己心からの旅であろうが悪だろうが理想を求めた末路だろうが関係ない。
意識高い系大学生を小馬鹿にしていた俺がミッチェルを目の前に考え方を改めるレベル。
この旅がどんな風に活きていくのか俺には検討もつかないけれど、ミッチェルなら策が無いはずもない。
ベトナムでHONDAの看板見つけたのを写真撮って
「俺はHIRATAだ!!」っていうギャグは信じられないくらいツマんなかったけど、きっと疲れてたんだね。
ミッチェルが高1の頃に部室の前で俺とパン食ってる時に「お前頭良いな」って言ってくれたのを覚えているよ!
俺がどうしようもなく勉強出来なくてもミッチェルが度々「お前は頭良いのにもったいねえ」って言ってくれたのも全部覚えてるよ!
「明石は頭良くても努力する才能なくね?」ってのが一番効いたよ!
それを人伝いに聞いたからダメージが倍だったよ!
しごうしたるけぇのう!
わしゃ鍛え方が違うけぇ(©はだしのゲン)
松本仁志がご飯を残して怒られた。
カンボジアの子供たちの事も考えろって。
「カンボジアの子供たちもお腹いっぱいになったら残すからね!」
その通りだ。
とどのつまり、中途半端な俺が一番の悪だ。
善行でも理想でもなく、これは悪だ。
俺の頭が、俺の腕が、俺の才能が、俺の力が欲しい場所がどこにでも溢れているのにこんな事で終わって良いはずが無い。
使命感なんて大それたものではないけれど、これでも一応責任は感じてるんだ。
こんな責任も利己心から来てるんだろうけど、周りの期待があるんじゃあ尚更さ。
何をするにも、俺のやりたいことは何でもかんでも早いうちに越したことはなかった。
焦って、今のうちに、今のうちにと行動しなければいけないのに。
こっちの蜜が甘過ぎる。
後ろ盾があるから自由に動けるっていうのも最もだと思うけれど、後ろ盾が無くても動けなきゃ俺はダサいままだ。
俺の夢をここで語る訳にはいかないけれど、今はとても辛い。
一日は長く一年は短くと語ったことがあったけれど、今も変わっちゃいない。
ひと月先もふた月先も変わりない生活を送る自分が見える。
俺なんてドラマチックに死んじまったらどうだろうなんて口に出したことすらある。
生きたいだなんて当たり前の欲を捨てる手前だったんだろうか。
そんな欲さえ棄てる淵まで堕ちていてもまだ無欲になれなくて、考え込んだ。
やっとこさ見つけたんだ。
自分が納得できるステージと、夢の塊の場所を。
これが叶わないなら、俺はどうしたら良いのかわからねえ。
向き不向き以前に本当に好きなのかとか本当にやりたいのかってのも疑わしいくらいだ。
俺の夢は遠い場所にある。
近いけど、高い場所にある。
目に見えてるけど、すごく小さい。
捕まえられるだろうか。
不安だ。
桃李もの言わざれども下自ずから蹊を成す。
黄色い薔薇の花言葉を知ってるかい。
君の全てが可憐、ってんだ。
黄色い薔薇のような淡いイエローサブマリンに乗って、どこか遠くへ行ってしまいたい。
「ムスビどこへ行くんじゃ!!」(©はだしのゲン)

