こんばんは、
成功を引き寄せるスピーチコンサルタントの
伊藤伸子です。
私がいつも一緒に仕事をしているディレクターが、
今、
「震災アーカイブス」の取材のため、
三重県内のお年寄りから
お話を聞いてまわっています。
実は、三重県は、
過去に何度も
大地震に見舞われています。
もっとも近いところでは、
1944年12月7日に発生した
昭和東南海地震です。
地震発生の年月日に
ご注目ください。
1944年12月。
つまり、
太平洋戦争の真っ最中です。
ですから、
この地震の記録は
ほとんど残っていません。
被害が敵国に漏れることや
国民の士気が下がることなどを理由に
軍部が情報統制したためです。
私は、
防災士・みえ防災コーディネーターとして
何度も
防災関連のお仕事をさせていただいていますが、
当時の被害状況を伝える資料は、
地元の新聞記者の方が
個人的に取られた写真くらいしか
見たことがありません。
発声から70年がたち、
当時被災した方々は
かなりの高齢となっています。
公式な記録がないなら、
被災した方の話を
今のうちに
しっかり聞き取っておかなくてはならない。
そこで、
三重県と三重大学が
当時の状況を知る高齢者から
体験談を聞き、
映像に残す事業に取り組んでいて、
私の友人のディレクターも
この事業に関わっているのです。
私が防災関連の資格を持っていることは
彼も知っているので、
ときどき映像を見せてくれて
「この証言はどう感じますか?」
と意見を求められることがあります。
先日、見せてもらったのは
90歳のおじいさんの証言。
実は彼は、
地震発生時はもちろん、
その前後の記憶も
思い出すことができなかったんです。
これは取材は無理かな…
そう思っていたところ、
「日記がある」
と言い出しました。
そのおじいさんは、
少年のころから
毎日欠かさず
日記を書き続けているのです。
そう、今も!
すっかり黄ばんでいる
当時の日記を読み返すうちに、
おじいさんの記憶も蘇ってきて、
日記には書かれていない
いろいろな証言を得ることができました。
ちなみに、
最新の日記につけられた通り番号は
「No.136」。
すでにそれは、
太平洋戦争~現代にいたるまでの
貴重な記録でもあります。