鹿児島市内に泊まる予定のあっぴぃ家一行。
夜ごはんまでの時間を使って、名所を巡ることに。。
実は、これから回る名所も予定していた場所。
夜ごはんの時間を考えると、ちょうどいいお散歩です。

鹿児島市内を一望できる「城山公園」の展望台。
城山は市街地の中心部に位置し、標高107mの小高い山。

奥に見える山が「桜島」雲がかかってるのが残念でした。

西南戦争の最後の激戦地となった城山。
西郷洞窟や西郷終焉の地などの史跡が存在します。

「西郷洞窟」

西南戦争の末期、政府軍に攻め込まれた西郷隆盛が最後の5日間を
過ごした洞窟。
西郷隆盛が最後まで薩軍の指揮をとっていた場所とのこと。
最期を迎えた場所は、洞窟を出て下ったところにあるそうです。

軍服姿の「西郷隆盛像」

西郷隆盛没後、50年祭記念として制作されたもの。
城山を背景に高さ8mの像です。
鹿児島出身の彫刻家・安藤照が8年の歳月をかけて制作しました。

余談ですが。。。
彫刻家の安藤照氏、なんと渋谷の「忠犬ハチ公」の制作者だそうで、
西郷さんには申し訳ないけど、σ(^_^)的にはハチ公製作者というのに
食いついちゃったよ ハッ

こちらは「鶴丸城跡」

初代薩摩藩主島津家久が、関ヶ原の合戦直後の1601年頃に
築城を始めた島津氏の居城です。

「御楼門」


正式名称は「鹿児島城」
屋形の形状が鶴が羽を広げたようだったことから、
鹿児島では古くから別名の鶴丸城として親しまれています。

御楼門をくぐり階段を上った先には。。


「天璋院」の像。

天璋院(てんしょういん)は、薩摩藩主・島津斉彬の養女で、
江戸幕府13代将軍・徳川家定の正室です。
後に14代将軍・家茂の正室となる和宮とともに、
徳川家の存続に尽力しました。

かなり前の話になりますが。。
NHKの大河ドラマで「天璋院篤姫」というのがあって、
ドラマを見てたσ(^_^)は、天璋院の実際のお顔も何度か見てたので、
この像を見た時はすぐに分かった。
篤姫と呼ばれていましたが、夫の徳川家定が亡くなった後
天璋院を名乗るようになりました。


鹿児島県観光サイトかごしまの旅



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