人間の目に見えるものは、まやかしが多いと思う。目に見えるものは、ごまかしがきく、綺麗に見せようと思えばいくらでも綺麗に見せられて、汚く見せようと思えばいくらでも汚く見せることは出来る。整形だってできる時代だしこれだけダイエットやらいろんな事が普及しているんだ、それに美しくなることで人生を明るくしようとしている人もいる。でもそれが一番大事なのか?
建前的な美しさはとても脆い。その瞬間はとても魅力的で、思わず溜息が出てしまう。でもそんな簡単にはいかない。その場凌ぎの美しさは、簡単に崩れ去る。中身を除いてみたらドロドロだった、そんなことは良くあること。しかしそれを綺麗だと思ってしまうのも人間。目に見えるものはなんて当てにならないんだろう。
確かに綺麗なのは魅力的だ。思わず溜息が出ちゃうような、時に儚い、まるで花火のような、そんな姿。でも本当の魅力は内面から出てくるのではないだろうか?花火にしてもそう、常日頃の鍛錬や今までの経験、それに賭ける情熱。そういうの全部あっての美しさなんだと思う。美しくなることで自分の人生を明るくも出来る。現にそれで活躍している人はたくさんいる。だから、一言に「当てにならない」とは言い切れない。ただ判別が難しい。

その点視覚いがいの五感は素直だと僕は思っている。
音はその瞬間瞬間、一つ一つに心が感じられ、どう思っているか、どう感じているか、音の表情に出やすい、そして感じやすい。でも、音は目に見えないもの。瞬間で、後に残らない。
触覚、それも瞬間、触ればいつでも大きく変わらずに、何度触れてもその感覚は変わらない。変わるとするなら自分が変わったのだろう。でも、それも瞬間的なもの、時が経てば忘れてしまう。同じものをまた触ったらその頃の感覚を思い出すんだろうけど。
匂いも同じ、味も。目には見えないものばかり。でも、感じたものは確かなもの。

目に見えると安心するけど、まやかしが多い。目に見えないと不安だけど、確かなことが多い。


難しいですね、事実は事実としてありのままに受け入れるということが怖いのでしょうか。
自分の思い込みや、理想、悲観、その他もろもろの主観が入り、事実は多かれ少なかれ捻じ曲がっていく。そんなもんなんですかね、感情って。目に映るものはまやかしが多くて、感情は簡単に揺れ動いてしまう。

目の見えない人はどう感じるのでしょうか・・・気になります。