このところの「学校問題」~特に部活における顧問から選手への暴力に始まり、
何と柔道オリンピック選手へのパワハラまで取り上げられています。
問題というより「異常事態」でしょう。
そんな中、先日あるプロ野球監督のコメントをインターネットニュースで読みました。
現役プロ野球監督が体罰問題に触れるのは珍しいと思いますが、氏が鉄拳制裁で有名?な事が理由の一つかも知れません。
現場インタビューにおけるムードや話のニュアンスが分からない以上、良し悪しを文字だけで判断するのは控えたくもありましたが、やはり「古い」印象の話ではありました。
例えば、【気合いや根性】はあくまでも「技術をベースにした補助的なもの」
または「技術のひとつ」
と僕は考えています。
例えば、我が師・後藤修先生は
「厳しくコワイ先生」でも有名?です。
僕も「死ぬほど怒られました」が、
実際には死ぬ事もなく!体罰もちろんなく!心身ともに元気です。
「選手とコーチは対等」が後藤先生の持論ですが、
それは「両者が一流」「高いレベルで分かり合っている」場合の話。
話が戻って、そのプロ野球監督の話の中には「選手をボコボコに」の話もありました。
仮にその後、その選手が大成しても
「その選手のその後の努力が素晴らしかっただけ」で
監督がボコボコにしたおかげではない、と僕は思います。
こういう話をすると
「コーチのアドバイスも選手がやらなければ結果が出ないんだから、選手の方が偉いんだ」
という、【訳の分からない賛同】も出てきてしまうのですが。
例えば、人間のカラダで
「脳と身体のどちらが重要か?」
という問題に少し似ている気がします。
実際に「行動する役割」はカラダが健康でなければ出来ませんが、
そもそも「脳の指令」が無ければできないはずです。
つまり、「指導者は頭脳であるべき」が僕の基本的な考えです。
「脳自体」が物を動かしたり、行動する事は出来ませんが、
頭脳が無ければ健康な肉体も意味がありません。
【飛躍した例え】なのは承知の上ですが
普通に考えれば、
指導者が
「場合によってより強く指令する」
のは当然ですし、
かと言って
「体罰する必要は全くない」事は明白です。
選手も「自分が偉いと思わない」でしょうし、
自ら指導者の話に耳を傾けるはず。
トラブルになるはずがないのですが
それは「分かっている者」の話で、
僕の場合、
「豎子与に謀るに足らず」
の基本的方針をとっていますが
これももちろん後藤先生の教えです。
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