我が師・後藤修先生は昔、
「ジプシー・自負子・自負氏」のニックネームで執筆したり、呼ばれていました。
今も何処かの某ゴルフ誌では?
「邪魔者扱い・変人扱い」されてわざわざ他の理論家・コーチ・流行打法を次々と生み出していますが、
それはそれで「そんな雑誌とは付き合わない」だけなので構いません。
それより、後藤先生は
「破門・永久追放を隠したり、私の理論や教えを【デタラメに・さも分かったように】やるのが一番のクズというか、汚ない人間だ。
それを平気でやる・工藤もーなーの事だが、ネットを下げた練習場でドライバーを打たせたり、私の先生にまで習ったような記述をする(させられてる?)のは、完全にクズ以下の毒スカンク。」
そんな我が師・後藤先生には
【事実や理由に裏づけられたプライド】があるのを沢山の人間が知っています。
「そのゴルフ誌(アダ名死神K氏?)は書かない」ですが。
ゴルフマガジン誌(1993年刊)
「後藤修が斬る」を抜粋致します。
私が誰か(何か)を批判するときには「自分ならクビをかけても成功させてみせる」という現実策(実現可能な戦術)を胸の内に2本以上用意した上でやるのが、いつも通りの方法だ。
昔、ジャンボには10年以上にも及ぶ「国内戦でさえ大不振」期があり、一時期、これはと思われる先輩、理論家にはことごとく門をたたいて教え(治療)を乞うたことがあった。
「誰のところでも絶対にムリ」と私は紙上に公言した。
「早くひとまわり回り切ってしまえ」とも本人に言った。
そしてその頃、私はちゃんと胸中に決定版の秘策を持ち合わせていて「私の番」が来たとき、私はちゃんと「それ」を使ってジャンボを大復活させた。
「必ずジャンボを、もう一度世界戦に送り込む」と公言した予告も成功だったが、ではその世界戦で勝てるかどうかを、私はどう計算していたか。
それについては私は、たとえ話で、答えを暗示したものだった。
若い頃、私は「西部劇」が大好きで中でもよく記憶しているのは、ジョン・ウェイン主演の「駅馬車」の物語だ。
主人公が、3人の敵(仇)と決闘に行く途中、彼の乗った駅馬車はインディアンの大群に襲われ、激しい撃ち合い、手持ちの弾丸をすべて使い尽くす程の死闘!
しかし、九死に一生を得てインディアンの群れから逃れて目的の街へ走り込んだとき、そこに待ち受けたのは3人の敵!
だが、主人公は、帽子の中にしっかりと3人分の弾丸だけは隠し残していた(その3発で3人の仇を仕留める)。
「好きな話だったなァ」などと、ジャンボにも言ったことがあるし、中島にも言った。
いや、一昨年、私が中島についてマスターズへ行き「10位!」と活躍したり、「次年度への大きな足場を築いてきた」と当欄へ書いたりもしたが、そのとき「私はコーチなのか、多産系の家族(無礼な!)なのか、それとも駅馬車(英語だと、ステージ・コーチ?)みたいなものか」…などと暗示的な言葉も書いたが、その時すでに私は帽子(アタマ)の中に「タマ」を隠し残し始めていたのだ。
で、その「タマ」は今も温存中だ。
中島についても以前
「彼には、名軍医やら超一流のクラブ職人等々がついているそうだが、では私抜きで中島を復活させてみなさい。
絶対にムリだ。」
と書いて「当たり」だったが、その後、結局、私の出番になり、一応復活したり、彼の二重人格性に私がハラを立てて辞めたりなどしたが、やっぱり世界戦を「射落とす」弾丸は、少なくとも「3発」はしっかりと隠し持ったまま辞めてきた。
かつてジャンボは中島に
「オレとお前でアイツ(=私のこと)がどれほどトクしているか計算してみろ」と言ったとか。
【中島は早速その言葉に影響された】
それが本当なら、そんな人間性では、私がダメと言わなくたって彼らは勝手に(世界戦では)ダメだろう。
ちなみに「マスターズ」の言葉の内には「師匠(恩師)の集まり」というイミも含まれているハズだ(ドイツ語のマイスターやイタリア語のマエストロには含まれている)。
それが今では「アイツ」か。
いや結構。かつての「生徒」には「アイツ」と呼ばれ、週刊誌上では「いかがわしい人物」扱いの私だが、私を知りたかったら、私の【現生徒】を見てくれ…と言っていいだろう。
この【ゴルフ坊主】も、
「理由なき批判はしない方針」ですが。
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