あの 「3.11」 から、もうすぐ2年。
経験した人たち、みんな
きっと、その日の記憶は強く残っていると思う。
自分も、尋常ではない大きな揺れと
東京駅周辺から自宅まで
30数キロ、4万4千歩、約6時間かけて
自宅まで歩いて帰った道のり、その景色
その時着ていた服装や靴まで
かなりハッキリ覚えている。
いまでも、その時の道を車で通ると
そこを歩く自分の姿や光景が
絵のように頭の中へ浮かんでくる。
今朝、起き抜けにテレビを見ていたら
ある本のことが話題になっていた
被災地の子供達による作文集
筆者が大地震直後から被災地へ出向き
親の了解を得て
また、専門家の意見を複数聴いたうえで
「書きたいことがあれば書いてみて」
というスタンスで集めたもので
製本するにあたって、活字にすることより
子供達が書いた生の言葉や文字に
魂を感じて
そのまま、原稿用紙を載せた作文集。
・ つなみは黒くてくさかった
・ 画用紙一枚で寝ました
・ ままのかおがみえたらないちゃいました
など、子供達の見た、感じたものが
ストレートに心へ響く、言葉の数々
泣く
今まで心の底から泣いたことは一度
4年前
父親が他界して、四十九日のとき。
自分は、素晴しすぎる両親のもと
姉と4人家族
暖かい光りの輪に包まれ、守られながら
育ってきた。
葬儀の日
長男として、皆様へ挨拶の辞で
「父は、いつも愛情のかたまり。
どうしようもないくらい 愛情に溢れた
まさに 『天使』 のような存在でした」
と語った。
晩年の父親は
邪気がなく、欲もなく
自分の利益より、他人の利益
自然体の父を感じる度に
なんだか周辺がキラキラしているようで
「天使」 という言葉が浮かんでいたから。
故人は、七日ごとに十王の審判をうけ
四十九日の審判が終わると
閻魔大王により、それぞれ行き先が決められるという
その、四十九日に
鎌倉の、十王様へ逢いに行き
十王様、一人ずつ順番に挨拶して
閻魔大王の手前で
「いま、ここに親父が居るんだな」
そう思ったら
一気に、心の底から何かが込み上げてきて
大泣きに泣いてしまった。
亡くなってから葬儀を通して
一度も涙を流さなかったし
ガマンしていたわけでもなかったのに・・・
テレビで 「つなみ」 の作文集を知り
「あの日」 を想い、被災地を想い
そして、心から突き上げる
涙 を想った。


