11月18日 50年ぶりに国立中野療養所 跡の 江古田の森公園に行ってきた。
50年前は(バス 電車 乗り換えで3時間) 埼玉 八潮からはずいぶん遠い所 と思っていたが車で55分でついた。
ただ、高速代片道 8百円(草加~大泉)とパーキング80分 8百円も取られた都内は高い!
昭和 四十四年に僕が入 院した 国立中野療養所は 平成五年十月十一日に閉館され、
江古田の森公園となった。
50年前の 当時の物は何一つ残っておらず、新しい建物が 建ち並ぶ。
ただ杉の大木は当時からのものと思われる。
下 現在の江古田 3丁目 病院跡地
左方 この上カーブの登り切った辺りに二階建ての旧病棟があった。
新館は昭和四十二年に中央、T字路右下辺りに完成。
50年前は 深い森になっている 辺りに 火葬場か ? 高い煙突が残っていた。
この上辺り新館の裏手に
大正十五年に出来た国立中野結核療養所の旧 館があった(下の 写真)
50年前にはまだ 正面部分が廃墟で残っていて、リフォームの計画もあったが
そのままで十数年あとには 心霊スポットで有名になる。
50年前 この上辺りには 5メートル4方程の池が掘られ
釣りクラブのヘラブナが泳いでいた。
他にも写真同好会、 囲碁、将棋同好会、木工(額縁など)クラブ、競馬同好会もあり、
ノミ屋も 暗躍していたらしい。
昭和四十二年五月十八日10階地下一階建ての新館が完成し旧病棟と合わせて
1010床となった。
小学生の入院患者もいたので、小学校も有りました。
院内に 図書館、喫茶店、床屋、歯医者等もありすごいものだと感心したものですが、
最近 妻が 胃ガンと大腸ガンで二度も東大病院に入院したので、その病院の最上階に「セイヨウケン」が有ったり、
昔とはくらべものには成らない程の店舗数の多さに驚かされました。
半年に一度の定期検査で東大病院に出かけるとルンルン気分で 東大病院名物の大学芋を買って来てたりしてます。
旧、 旧館の裏の非常階段 映っているのは 光夫クン。
その 旧、 旧館 跡には立派なマンションが建ち、
写真 左手を下に降り、良く散歩したものだが、今は立派な 遊歩道に整備されていた。
紅葉が見頃でした。
下 遊歩道の側には 神社があった。
50年前に一度来ている。
その時 に 貼りだされていた お祭りの寄付をした人 の名前の中に
この 近くに豪邸がある三波春夫 さんの名前を発見しました。
三波さんの 寄付額は 一般人と同じ 三百円でした。
下 血痰坂(けったんざか)は 残っていた。
右側 一番奥の辺りに十階建ての新館があった。
下 僕が入院した二階建ての旧病棟は この建物左か手前左辺りに有ったと
やっと目星がついた。
50年の 昔を偲んで感慨深い。
木が生い茂っている辺りか?
比較的若い樹だし平坦地なので この辺りかも 知れない。
スマホの写真で見比べて見る。
下の写真 ヒマラヤ杉の大木が映っている。
そして、僕が歩いているのは 貯水槽の上
二つ 下の写真奥に見えるのは、最新の貯水槽。
コンパクトになったので、大木の後ろ奥に設置出来た?
この辺りである事は 間違いないようだ。
(新しい 写真が見つかった。 右奥には 井戸が映っている
やはり水源はここで、下の写真と 同じ場所だろう)
下 両手 3 周りもある 大木。 根元には 猿のコシカケ が。
奥に貯水槽が見える。上の写真コンクリート製の貯水槽の上を歩いている。
水源がこの辺りで変わっていなければ 正に此処に旧病棟があったのでは・・・・。
ヒマラヤ杉の大木はあちこちに残っていた。
今日のお土産は ヒマラヤスギの実 デカい
















