ナンバー8 表妙義登山奮闘記 (アウトドア)写真を追加 | 堀切光男のエッセイ畑

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表妙義登山奮闘記 アウトドア2001 年新年号に掲載

 

広い駐車場に車を止めて降り立つと、目の前にどーんと岩山がそびえ立つ。

 

中国の墨絵で見たような岩肌が切り立ったはぐれ岩が、そこかしこに天をつく。

 

(少しオーバーかな?) 「山いこ会」の4 人は、ここ表妙義は石門近くに集まっていた。

 

車道を2 分もたどると登山口。 すぐに足慣らしと言った観のカニの小手調べに着く。

 

もちろん、皆難なくクリア。 そして目の前、いや目の上にそびえるのが第一石門。

 

この大門はただくぐるだけ。

 

大小の石が積み重なった山道を登って行くと、第二石門の横手に着く。問題はこの石門だ。

 

20 メートルほどの高さがある大岩の岩肌をクサリに捕まりながら10 メートルも横切らなければならない。

 

まずK さんが挑戦する。

 

「おおっ、これはちょっとビビるな。 みんな、下を見ないようになー」

 

へっぴり腰ながら第二石門の下に行きついた。

 

「次、一人ずつ来い。一つのクサリに一人やど。同時に二人はつかまるなよ」

 

「S さん、どうぞ」 「いや、俺は次でいいや」「じゃあ、僕が先に行きますよ」

 

太いクサリをしっかとつかむ。軍手を通して冷たい感触が伝わる。一歩踏み出すと、

 

背筋にひやっと冷たい汗をかんじる。 足元には狭いくぼみしかない。

 

「落ちたら死ぬな」 そんな恐怖が頭をよぎる。

 

足元を何度も確認し、クサリを必死でたどって、やっと大岩を横切った。

 

次のS さん、なかなか最初の一歩が踏み出せない。しんがりのT さんが足のかけ場所を支持している。

 

「右足をそこにかけて。次に左足は手前のくぼみ」

 

「俺、高所恐怖症だったんだな。今頃気がついたよ」 とS さん、泣きそうな声を上げる。

 

K さんが大声でどなる。

 

「三点支持や。両手両足のうちの一つだけを前に進めるんや。 足ばっかり進めるから、体が

 

残っとるやないか」

 

「それがな、手のほうがクサリから離れるのをいやがって、ついてこないんだよ」

 

半べそのS さん、足もガクガク震えだした。 見かねたT さん後ろから近づいてS さんの左手を

 

クサリから外すと、前の方に握り直させる。右手を滑らせ次は左手を滑らせ、おっと、足がそのままだ。

 

左足を右足の隣にそろえると次に横に滑らせる。 こんな調子で何とかカニの横這いを乗り切った。

 

そして今度は70 ~80度もあろうかと思われる岩肌を第二石門まで登らなくてはならない。

 

その距離およそ10 メートル。クサリが一本垂らしてあるがそのクサリを固定する支柱が2 本。

 

この支柱を乗り越えるのがかえって難しい。 最後には二人がかりでS さんのお尻を押し上げ、

 

K さんが手を引っ張ってやっと石門をくぐった。 しかし息をつく暇もなく、次はすぐに垂直に降りなくては

 

ならない。 やはり5, 6メートルのクサリがぶら下がっている。

 

水が染み出していて岩肌がツルツルと、とても滑る。 問題はS さんだ。

 

すっかり顔面蒼白となってしまっている。3 人でそれこそ一足一足サポートすることにした。

 

「先ずは右足。30 センチ下の窪みにかける」 先行のK さんが下から大声でどなる。

 

「足がついたら手を緩めクサリの30 センチ下を握り直して」

 

後ろからT さんの指示。 下からK さん

 

「おいっ、右足下りてこんぞ。どうした?、右足、どこにある?」 S さん情けない声で、

 

「俺の左足の下になってるよう」

 

「しょうがないなあ、じゃあ左足を横にずらして」「ずらしても足のかける所がないよう」

 

本人は必死なのだが後続の登山者が大勢つっかえて、我われの一語一句に笑いをこらえるのが、

 

苦しそうだ。僕の肩に左足を乗っけさせて、やっと右足を下に下ろさせた。

 

あとはS さんに目をつぶらせて一足一足、手取り足取りでなんとか下の磐棚におろした。

 

「もう、こんな所はごめんだよ。見てくれ足の震えが止まらないよ」

 

とS さん、立ち上がっても膝が笑ってまともに歩けない。

 

皆で抱えるようにして上の第4 石門をめざす。 第3 石門は立ち入り禁止になっている。

 

やっとの思いで、大きな石のトンネルがある第4 石門にたどりついた。

 

石門前は広場になっており、沢山の人が三々五々集まっていた。ここでお昼にする。

 

隣のベンチに中年の3 人連れが賑やかに腰かけた。

 

「いやあ、怖かったなあ」 「3 回、死ぬかと思ったよ」

 

「メガネを崖下に落としちゃって、もう永久に戻ってこないな。 あのへんの崖下だよ」

 

と、一人が指を指す。 つられてそちらを見ると中之岳の稜線だ。K さんが声をかける。

 

「あそこを越えてきたんかい?登山地図には初心者は近づくなと書いてあるから、よっぽどの

 

難所なんでしょうね?」3 人はよく聞いてくれたと言わんばかりに、

 

「すごい所ですよ。眼鏡を落としちゃってね。 もう二度と帰ってこないだろうなあ」

 

「命の方を落とさなくてよかったよ。 5 回は死ぬかと思ったものねえ」

 

(あれっ、3 回 じゃあなかったっけ?。しかしまあ、それほど怖かったんだろうなあ)

 

くわばら、くわばら、僕たちにはとても行ける所じゃなさそうだ。

 

しかしK さん、やおら立ち上って指を指した。一同、一斉にそちらを見ると第4 石門を通して

 

大砲岩が見える。

 

「よしっ、俺たちも負けずに登ろうぜ。中之岳は無理だからせめて大砲岩に登ろう」

 

「俺はよすよ、ここで待ってる」とS さん。

 

「しょうがないなあ、じゃあ岩の上から手を振るから、ここから望遠で撮ってくれよ」

 

とカメラを渡した。 大砲岩の下には10 分程で着いた。

 

K さんは最初から計画していたのか、リュックからロープを取り出し

 

「これを腰に結わえて端を確保してもらえば、落っこっても死ぬことはないじゃろう」

 

と勇んで岩に取りついた。3 メートル程登って、いよいよ大砲岩に登るという所でK さん、

 

足が止まってしまった。じっと足元を見つめたままだ。

 

「どうしたんです?あと5 ,6 歩で大砲岩ですよ」

 

「こ、この馬の背がどうしても渡れんのじゃ。下を見ないようにと思っても足元を見なくちゃ

 

踏み外すし、足元を見ればいやでも崖下が見えちまう。どうすべえか?」

 

「這って行けばあ」

 

「そう思ったんやが、腰がいやがって折れてくれんのじゃ」

 

「やれやれ、それじゃ無理ですよ。隣の天狗の評定岩ならどうです?」

 

「とんでもない、あっちの方がもっと怖そうだ」

 

「やっぱり、僕らには無理なんですよ。あきらめましょう」

 

それでもK さんはその場から遠くのS さんに向かって、大きく手を振った。

 

後日、K さんにアルバムを見せてもらったら、この時の写真の下に

 

『大砲岩に 登る」と大書きしてある。

 

しかし、よく見ると「大砲岩」の次に( の、そば) と小さく書き込んであった。 了


 


第四石門から大砲岩を望む

第1石門

 

第4石門