わたしは
1泊しかできなかった


次の日には
また石巻へ戻らなければなかなかった


長居すれば
帰りずらくなることも
知っている


ひとり増えれば、
ひとり分の食料が減ってしまいます


みんなが生きていることを
確認できたから


それだけで充分


せっかくだから、
ドラム缶で沸かした
お風呂にも入った


水くみもした
里子おばちゃんと、
健吾ちゃんの
火葬のお手伝いをし、


歌津をあとにした


おばあちゃんの妹の
里子おばちゃんと、

甥っ子の
健吾ちゃんが亡くなったことを知る


健吾ちゃんは、
消防士でした

その日は、
休みで3才の息子と遊んでいる最中に
地震が起きたそうです


責任感の強い健吾ちゃんは私服のまま消防署へと向かったそうです



わたしが、
さっき見た消防署



線路の鉄橋が崩れ落ちて
潰した消防署



なんでだろうね


なんで、
こうなっちゃったんだろう



声がでなくて
苦しかった



うどのおばあちゃんも、安否不明
友達のお母さんも
お母さんの友達も
同級生も


聞きたくない
訃報ばかり



でも、
生きてる人間は
強かった


何10キロも歩き
川で水を運び

ドラム缶へ水を入れ、
お風呂まで入っていた

『日本昔ばなし
みたいでしょ?』って
母が笑う


ここは、
お米も味噌もある

牧場から
生の牛乳もいただいた


人間らしく生きていた


救援物質も
ちゃんと届いていた


おばあちゃんは
物質でいただいた
カップラーメンや缶詰を見て

『全国の人たちの大事なお給料なのに、こんな風に分けてもらって申し訳ない
日持ちするから、いつかお返ししたい』

と言って、
手をつけようとしない

頑固なところは変わってなくて
ほっとした





震災から10日目


スタンドに7時間並び
20リッターのガソリンを入れた


次の日、
故郷へと向かった


町に近づくにつれ
見慣れた風景も
公園も
図書館も
友達のおうちも
ぴーちゃんのお墓も

全部なくなっていた

瓦礫を掻き分けて
出てきた道路を
やっと走れる

そんな道


橋は真ん中から割れ
線路を支えていた鉄橋も崩れ落ち

新しくできたばかりの
消防署を潰していた


おばあちゃんちまで
怖くて行けなかった

激しい吐き気がして
引き返してきた



実家へ着くと
みんなが泣いて
出迎えてくれた


おばあちゃんも
元気だった


お父さんも
お母さんも
おばあちゃんも
おじちゃん
おばちゃん
いとこの子供達が

みんな生きていた



生きてる
それだけでいい