3月11日の夜
職場の仲間と4人
小さなタオルケットや
毛布で体を包み
震えるように朝を迎えた
幸い
わたしの職場のあるSCからパンや水をいただいた為、
食べる物には困らなかった
ここからの記憶が、
あいまいで
覚えてない
ただ、
忙しくて忙しくて
夜も眠れなかった
避難者の方々の誘導や
食品配布や見回り
水のないトイレで、
トイレのお世話もした
何日目かの
夜中のローテーションが
1番辛かった
胃腸炎、ノロウイルス、
インフルエンザが蔓延してる中、
夜中に嘔吐する子供達の世話もした
医療に携わる人間でもない
ど素人のわたし達にできることは、
汚れた衣類を着替えさせ
寒くないように
毛布でくるんで、
抱きしめてあげること
ホッカイロで温めて
あげること
誰かの為にとか、
そんなんじゃなく、
誰かが手を挙げないと
全てが回らない気がした
ひとつ躓くと
ドミノのように倒れていく
吐いては泣く子供の背中をさすりながら、
父も気仙沼の病院で、
同じことをしているのかな...と思ったら
涙が止まらなかった
幸いわたしには
同じ価値観を共有できる仲間がいたため
毎日のように
確認し合い
励まし合い
揺れる心を支えてきた
仲間の車にあった充電器で、
携帯の充電もできた
ツイッターにツイートもした
生きてる自分を
知ってほしかった
周りの
みなさんもご無事ですと