戦時中に抵抗した反戦日本人
作家、瀬戸内寂聴氏、語る。
彼女の知音の京都大原「実光院」の天納傅中。
坊主ということで、戦地で戦友の弔いをさせられた。
ある日、捕虜数人を殺せと命じられて
「戒律に反するので、
どうしても殺せというなら
今後一切戦友の葬式はあげない」
と言うと、上官は困った。
結局彼は捕虜を殺さずにすんだ。
鶴見俊輔氏、語る。
京都の進進堂の2代目社長が、中国戦線に徴用されて、
最初の訓練が
木に縛られた中国人を銃剣で突き刺すことだった。
一晩悩んで、結局
「現場までは行くが殺さない」、と心を決める。
名前を呼ばれても銃剣を持って動かなかった。
兵舎に帰って、上官から、
「犬にも劣る奴」と詰られ、
軍靴をくわえて庭を一周させられる。
刺突訓練
新兵に根性をつける、という名目で
無辜の民間人を木に縛りつけ、
銃剣で突き殺す、という訓練が日本軍内で公然と行われた、
と複数の軍内外の証言が残されている。
被害者の証言も複数ある。
「動くものは犬でも猫でも子供でも全部殺しちゃう」
「少年兵は順番に銃剣で突き刺し、中国人の内臓はボロボロになった。」
『捕虜を殺せと言われた、とおっしゃってたじゃないですか』
「いや、捕虜じゃないんですよ。近所の農民です。訓練のコースだったんです。」