★ゴルァⅣ★ -29ページ目

ナチのオーストリア併合の場合は

世界中で一番愛されたミュージカル、Sound of music。
そのモデルとなったオーストリア貴族、トラップ一家の娘、

マリアさんの後日談。


1938年3月12日

一家は姉の誕生日を祝っていた。

するとザルツブルグ中の教会の鐘が一斉になる。

「普段ではありません。真夜中には鳴りません。」

オーストリア軍の英雄、父ゲオルグは警察に電話する。

「何事だ?。一体、なぜ鐘がなるのだ?」

ドイツ軍の侵攻だった。

「その後、首相がラジオで降伏宣言するのを聞きました。

 今、抵抗すればここは血の海になる、と。

 数週間前まで、ヒトラーがオーストリアに侵攻することなど

 ありえないと言っていたのに。

 とても大きなショックでした。」


隣国ドイツではナチスが

世界恐慌で失業した労働者に職を与える」のスローガンの下

勢力を拡大していた。

「ドイツで何が起きていたか、私たちは既に知っていました。

 ユダヤ人や反体制のカソリックの人々が追放されたと。」

「両親はヒトラーの会話や食事のマナーは

とても酷かったと話していました。

既に彼の正体を見抜いていたのです。」

「私は一度もハイル・ヒトラーと言ったことはありません。

 バイオリンの先生はナチ風の挨拶をすると思って片手を

 挙げていましたが、結局そのまま下げることになってしまったわ。」


世界恐慌後、失業者の多かったオーストリアでは

仕事をくれるというナチスを歓迎する者もいました。

しかし、愛国者の父、ゲオルグは一貫して反ナチでした。



やがて、軍人の父に召集令状が届きます。

ナチのために戦えと。

また、母の元にヒトラーの前で家族で歌えと命令がきます。

評判を聞きつけて、一家をナチの宣伝に利用しようとしたのです。

「私たちは歌わなかった。何もされなかったのは不思議です。」

公然とナチを批判する父はいつ殺されてもおかしくなかった。

いつまでナチの圧力に耐えられるか、時間の問題でした。


その時、一家にアメリカ公演の依頼が舞い込みます。

長年一家に仕えた執事のハンスがこっそり教えてくれました。

「間もなく国境が閉鎖されます。早く脱出して」

ハンスはナチの党員で、一家の監視を命令されていました。

「あなた方の会話は党に報告しなければなりません。

 私がいる、食事中は政治の話はしないで下さい。」

彼は一家の味方だったのです。

家族会儀でアメリカに行くことが決まりました。

「今国を出ることは亡命することと同じ。

 二度と帰れないと思って欲しい。」

一家はアルプスを超えオーストリアを脱出します。

こうして一家はアメリカで極貧生活を始めます。

やがてWWⅡ。

一家はナチス・オーストリアの敵性外国人として

FBIにマークされます。

二人の兄は志願してヨーロッパ戦線に送られ、

祖国オーストリアと戦うことになります。

留守を守る一家はバーモント州のストウで家を建て

兄たちの帰りを待ちます。

やがて終戦、夢に見た兄たちは無事帰還します。

一家の子供たちは次々結婚して、幸せに暮らしました。