これから書くことは結婚とはじぇんじぇん関係の無い事なので
飛ばしてくだしゃい。
どうしても書きたくてね。
この前、父親が「ホレ」と1冊の本をくれました。
開いてみたら、日記でね。
私が生まれてから、中学ぐらいまで私の成長記録が書いてありました。
昭和52年7月○日
会社に電話連絡が来る、女の子だそうだ
本当は男の子が欲しかったが・・・
(この後、男の子が欲しかったという言葉が数回ほど出てきます・・・
家族全員相当男のが欲しかった様子。。)
生まれた時は泣かずに先生が口で鼻を吸ったり叩いたりしたのとの事
何より無事で元気な赤ちゃんで安心した。
あぽ母はやはり男の子が欲しかったようだ
(ごめんね母・・ワシ女)
本当に生まれるまでは苦労と心配の連続だった
その前は6ヶ月で流産した時は本当に辛かった、あぽ母は2ヶ月間毎日泣いていた
医者に「大丈夫ですから」と言われた安心した矢先の流産だった
それも男の子だった。
こんど生まれた赤ちゃんも大変な苦労を要した
生まれる可能性は五分五分と言われ、あぽ母はつわりが重く生まれるまで何も食べられなかった
やせすぎて点滴を受けて入院した。
顔を覗き込んだら、顔が真っ赤な赤ちゃんだった。
名前は○○にしようと思ったがしっくりこない。
あぽ姉もいくつか考えていたらしい
結局、あぽ母が「あぽきちがいい」と言って、私もいい名前だと思いすぐ決まった。
私は仕事をしているので、あぽきちのことばかり気づかっていられないので
気がついた時にあぽきちの生育を日記に書いてみよう
1ヶ月でも書き続けたら、それを大切に結婚するときにあぽきちにあげよう。
この後、
初めて歩いた日のことやら、風邪をひいて夜中病院に駆け込んだこと
父が時間が許す限り散歩に連れて行ったことが書かれていました。
1歳2歳の時のことなんて、私は覚えていないはずなんですが
不思議と情景が浮かぶんですよ。
これを読んでたら涙が止まらなくてねぇ・・
今までは「私は一人で生きているんだ!」的な強気な心があったんですけど
ひどく反省・・
小さい頃の私は父の追いかけ回していたパパっ子のようです。
そんな姿が父はものすんごく、かわいかった様子。
でも今じゃ・・・
人間憎たらしくなるもんです。。
自分に子供ができたら、私も日記書いておこう。
コレ私の宝物です。
嫁入り道具が一つできました。