5月9日のこと。
午後二時頃、いきなり先生が来て、病室でのエコー検査が始まった。
その後、改めて病状の説明を受けた。血液培養の結果を丁寧に見せてもらったけど、よく分からない。抗生剤は現在のものを続けるとのこと。血液検査、CRPは下がりつつある。
今日、ついに、僧帽弁閉鎖不全症と診断された。
弁の逸脱によって、高度の逆流が見られる。
「やはり」という思いと「どうして」という思いがない交ぜになっている。
「やはり」と言うのは、僧帽弁閉鎖不全症自体は、感染性心内膜炎と言われた時点で考えていたので、驚きはない。
そもそも弁逸脱について感染性心内膜炎になる前から言われていたので、僧帽弁閉鎖不全症も連想される。
それでも、入院前にかかった循環器内科では、「心肥大が見られなければ問題はない」として、年一回程度の経過観察で十分だと言われたので、安心してしまっていた(入念に調べて頂き、信頼している)。
だから、手術が必要かもしれないと言われ、茫然となった。いま私は元気なのに。どうして。という思いが消えない。「どうして」というのはそういうこと。
ただ、今の段階では手術は絶対ではなく、抗生剤治療後にあらためて判断するとのこと。たぶん気休めだ。
怖いなと思っていたほうに事態が傾いた。それも大きく。力なく「そうですか……」とつぶやくので精一杯だった。
怖い。やはり怖い。大きな理由はふたつ。ひとつは、闘病記を読んで、どうなるかを大体知ってしまっているから。
楽チンでした、すぐ退院しました、なんて記事は一つもない。むしろ、記事を読むほど、術後に大変な苦しみを味わうことが裏付けられてゆく。
もうひとつ、弁形成が出来るのかも怖い。はっきり言えば、弁置換を回避出来るか、ということ。
きっと、望んで弁を置換した人はいないと思う。自分の弁がいいに決まっている。それでも病状がそれを許してくれないのなら、その現実を受け入れなければ生きて行けない。苦しい分岐路が待っている。
術後の苦しみはいかばかりか、弁はどうなるのか、傷痕はどうなるのか、と考えては、なるようにしかならないと言って打ち消す。
他人から見たら、大したこと無いんだろうなとも思う。たしかに心臓を手術するといえば怖いけど、客観的に見てこの病状で治療をして死ぬ確率は極めて低いだろう。なにを怖じ気づいているのかと。同じ僧帽弁閉鎖不全症でも、もっとつらい思いをした人はいる。違う病気ならなおさら。それでも我が身のこと、怖くて仕方がない。
本の力を借りる。黒木奈々さんの『未来のことは未来の私にまかせよう』。キャスターとして活躍した黒木さんの闘病記。あらためてご冥福をお祈りしつつ、力を借りる。俄然勇気が出てきた。
不安にまどわされてはいけない。未来のことは分からないし、考えて答えが出るわけでもない。だから、未来のことは未来の私が決めればいい。
未来はある。それで十分!
まずは目先のこと。近いうちに経食道心エコー、手術が視野に入ればカテーテルもすることになる。ビビりの私には検査だって怖い。けど、やらなきゃ仕方がないんだ。
ぼけーっと点滴を受ける日々かと思っていたら、いきなり戦場に立たされていた、そんな感じ。
手術と聞いただけで、確定もしていないのに(でもほぼ確定……)、不安で不安でこんなことをずっと考えてしまった。可能性に可能性を重ねて、不安と希望のあいだをさまよっていた。でも、本やブログにすこし救われた。そんな一日だった。いつもはヘラヘラしているくせに、今日はまぬけだったなあ、私
