現代美術界隈、一人の画家、そして一作の神品にまつわるミステリーであり、視点が画廊サイドの人間で進んでいくのですが、それもまた新鮮味があって終始面白く読んでいました。

画廊経営者の女性が殺害される事件。下手人の正体は概ね予想どおりでしたし、特に盛大なトリックが仕込まれている訳でもないので、ミステリーとしてそこまで強烈なインパクトは無かったのですが、ストーリーを追う愉悦は抜群。

自分は美術作品の類にはあまり興味無いのですが、それでも正体不明の画家であったり、オークションの行く末であったり、話の展開が気になってずっと読み耽っていました。

 

得てして『このミス』のシリーズはいろんな意味でピンキリの幅が大きいので、この本にしても読む前は何となくイロモノっぽく見てしまっていた部分がありましたが、実際は先を読ませる筆致と展開力であり中々どうして拾い物であったと思います。


 

 

 

[梗概]

現代芸術家・川田無名。その作品は多くの美術ファンを魅了し常に高値が付くが、無名自身はマスコミに露出することはなく、居場所さえ限られた人間にしか知らされていない。その秘密ぶりは徹底しており、もはや生きていないのじゃないかと云う噂まで流れる始末。

そんな無名の作品を扱うギャラリーのオーナー・永井唯子が、倉庫で何者かに殺害された。

唯子のアシスタントである田中佐和子は、オーナーの突然の死に大きなショックを受ける。事件当日における唯子の不可解な言動と、ギャラリーに届いた六億円を超える無名の傑作、そして事件の真実。佐和子の胸にはいくつもの謎が湧き上がる。

 

 

ストーリーとしては、このアシスタント・佐和子の視点で進行していきます。

謎を残す殺人事件、得体の知れない画家、その画家が生み出した傑作。それらが綾を成しながら進んでいくストーリーであり、直接は登場しない割にこの画家は結構存在感があってその書き方が面白かったし、傑作と評される絵が結局どこに行き着くんだろうかと先の展開が気になったものでした。

一方、殺人事件の方は途中でやや置き去りにされた感もあったかなという印象。最後のパートで一気に真相が明かされることになりますが、主要な登場人物もあまり多くないし、犯人については大体こいつだろうと予想はつきます。ミステリーとしてはそこまで驚天ではないかなって印象でした。まあミステリー要素を横に置いておいても、ストーリー自体は十分以上に楽しめました。

 

 

そして語り手が画家でもなくパトロンでもなく、ギャラリー勤務の割と小市民的な女性であるのは良かったかなと思います。比較的同調しやすい人畜無害な人物造形であり、何千万あるいは何億という大金が動くであろう、特殊というなら特殊な世界において、そこまで擦れていないその女性の視点だからこそ、アート界隈の異質さあるいはその蘊蓄なんかが伝わりやすかったように思います。

 

 

現代芸術をテーマに据えた一篇。「アートなど壁を飾るだけのシンプルなものに法外な価値をつける詐欺まがいの行為」という述懐が作中にありましたが、まあ自分も美術品にはあまり興味が無いほうなので、さすがに詐欺だとは思わないまでも、少なくとも不要不急の代物的な印象を抱いているのが正直なところ。この小説を読んでその辺の見方が大きく変わったという事はなかったのですが、どちらかと云うとあまり興味が無かったゆえに、寧ろこうした美術界隈のエピソードやオークションの雰囲気には、すこぶる新鮮さがあって結構面白く読んでいました。自分と同じように美術品の類に興味無い人でも十分楽しめるのではないかと思います。

 

 

そして芸術作品は作者と鑑賞者が共犯関係になってはじめて完成するものだろうと思ってはいましたが、そこには更にギャラリストという存在も含まれるんだなと感心したものでした。

 

 

読了:2024年5月26日