絵本で味わう『稲生物怪録』。オリジナルを知っている人もそうでない人も、絵本といって侮るなかれ。絵は石黒亜矢子女史であり、そしてテキストは我らが京極夏彦先生。

一ヶ月にわたって降りかかる妖怪変化と、それを適当にスルーする少年の奇天烈なバトル劇が、いつものあの筆致で綴られています。生首、幽霊、大蛙。どれだけ玄妙不思議であろうと気味が悪いってだけで他に何もないなら別に構うまい。出来ることもないし、放っておいて寝てしまおう。その豪胆というか無頓着ぶりは、シュールな絵柄とテキストも相まって、読んでいて妙に笑えてきます。子どもも大人も楽しめる稀代の妖怪絵本。

 

 

 

 

 

『稲生物怪録』は広島県三次に伝わる物語であり、お化け好きのあいだではすこぶる有名なのだそうです。主人公は三次藩藩士・稲生平太郎。

その平太郎が持ち前の豪胆さと云うか鈍感さゆえに、お化けの元締めである魔王に目を付けられてしまうという。魔王はそんな平太郎を怖がらせるために、次々と妖怪変化の奇策を繰り出してくるわけですが、それがどれだけ恐ろしげであろうと、平太郎はまったく意に介さずひたすら無視して眠るのみ。結果的に魔王が根負けして、平太郎は最後に「化け物槌」なるアイテムを与えられるわけです。

 

 

そんなストーリーである『稲生物怪録』を読みやすく絵本に仕上げたのが本書。絵を眺めているだけでも楽しいし、京極先生の文章は言うまでもなく追っていくのが愉悦です。妖怪小説家が紡ぐ、実に愉快な妖怪絵本であると言えるでしょう。

頭から赤ん坊を出す相撲取り、巨大なサイクロプス、庭に現れる死体、戸口いっぱいの老女の顔。さすがに絵本ということで、それほどグロテスクでもないし恐ろしそうな絵面でもありません。ちょっと不気味ではあるけれど、むしろ大半はユーモラスで間抜けな感があり、実に妖怪的というかお化けは斯く在るべしと云うような絵になっていると思います。まあ、シチュエーションを想像すると、中々どうして怖気走るものがあるのですが。

そして主人公・稲生平太郎は、細面でつり目のイケメンであり、それが話の内容と絵本としての全体的な雰囲気に合っているような気がしました。

 

 

ちなみに、この『稲生物怪録』は、2019年にも京極氏による現代語訳が角川ソフィアから上梓されています。そちらは当然、より本格感があるというか、しっかり小説のスタイルになっていて絵本とはまた違う趣。京極先生のテキストをいっそう楽しむことができるので、未読のかたは是非手に取ってみることをお勧めします。絵本と小説合わせて京極版『稲生物怪録』を楽しむのもまた一興ではないでしょうか。

 

 

読了:2024年5月26日