読み応え十分のSF長編です。例によって、奇才と奇想が遺憾なく発揮されています。序盤こそ難解なテクニカルタームの連打と特異な世界設定の説明に閉口してしまい、読み進めるのを諦めようかと思った程でしたが、ひとたびそこを抜けると予想だにしないスペクタクルなSF譚が展開していくのでした。

世界の底辺で生きる弱者たちが、異形の巨神に取り込まれ、そして地の先へと進撃してゆく。襲い掛かってくる敵を駆逐しながら、僕等は目指したシャングリラ。

特殊な世界観の割にテキストは読みやすく、ストーリー展開も安定の小林泰三クオリティなので、最後までダレることなく読み耽りました。そしてラスト一行は鳥肌禁じ得ないものがあります。

 

 

 

 

[内容]

Ⅰ 巨神覚醒

Ⅱ 神々の闘争

Ⅲ アルゴスの目

 

 

[梗概]

頭上を岩盤が覆い、脚下には星空が広がる。滅びゆくその世界において、「空賊(パイレーツ)」が侵略したお零れを掠めながら生きる「落穂拾い」。そのヒエラルキー底辺に属するカムロギは、人間の生存には此処よりももっと適した環境があると推測し、同胞たちと共に北限を目指す。そしてその道中において、謎の巨人「アマツミカボシ」を発見し、カムロギたちはその体内へと取り込まれてしまう。取り込まれたカムロギたちは「アマツミカボシ」を操縦しながら北限へと向かっていくのだが、そこに新たに三つの勢力が現れ「アマツミカボシ」を駆逐しようと攻撃を仕掛けてゆく。

 

 

というストーリー。この三つの勢力はそれぞれに巨人を所有しており、そしてその三体の巨人は各々特異なアビリティを備えているという。特殊能力どうしが衝突する異能バトルが展開されていきます。

主人公サイドは飽くまで別天地にたどり着くことが目的であり、なるべく戦闘を避けようと試みるも、好戦的な襲撃者たちから苛烈な戦いを強いられていくわけです。そしてそこでは、虐げられていた弱者が知恵と力と運を駆使して無慈悲な敵襲を返り討ちに伏していく、というどこか少年マンガ的な痛快さがありました。それでいて『人外サーカス』や『人造救世主』に通ずる、小林泰三然とした奇想のバトルアクションが展開されています。

また、ところどころ主人公だけでなく、仲間たちにもフォーカスした物語が差し挟まれています。それによって、ややもすればワンパターンになり兼ねない展開においてもちょうどよく緩急が付いているし、世界観がいっそう深まっているように思いました。

 

そしてその戦いの果てにたどり着いた場所。そこは天国か、はたまた地獄か。この世のものとは思えないほど美しいランドスケープが広がっているかと思いきや、実はこの世のものとは思えないほど悍ましい阿鼻叫喚の世界なのでした。最後のセンテンスを読んで、そのすべてを悟れば、背筋が凍りつくは必定です。

 

 

難しい物理学の用語が躊躇なく使用されている事と、そうでなくてもちょっと想像しづらい特殊な世界観であるため、特に最初の50ページくらいは結構辟易してしまう人もいるんじゃないかと思います。ただ、そこを過ぎると、この世界観とストーリーに魅せられること必至なので、もし序盤で面食らったとしても、ぜひ諦めずに読み進めてほしいところです。読み出のあるSF長編をご所望のかたには誂え向きの一冊。

 

 

少し前に読んだ『殺人鬼にまつわる備忘録』でも思ったことですが、ここまで練られた世界観とスペクタクルな展開を持つストーリーであれば、小説以外でもアニメや映画などのビジュアライズもハマりそうな気がしたものでした。

 

 

読了:2024年4月28日