時計修理にまつわる顛末、遺産相続騒動、最中の消失事件。今回は三つの怪事件であり、どのストーリーも安定した面白さであったと思います。

京極堂が「京極堂」になる前のエピソードが描かれた、愉快な京極堂シリーズスピンオフ9巻目。校内の怪事件にいくつも携わってきたことで不本意ながら心霊探偵として勇名を馳せる女学生・日下部栞奈が、薔薇十字探偵開業前の榎木津とともに、不可解な失せ物探しに挑みます。和寅もちょっとだけ登場。


 

 

 

[内容]

中身と外側

失せ物と血

手紙と血縁

手紙の行方

血と繋がりと

家族の形と絆

消えた最中の謎①

 

 

[時計修理の解]

里村医院に診療にやって来た刑事・木場。時計店において、客と店主の喧嘩に行き遭い仲裁に入るも、逆に怪我を負ってしまったのである。諍いの原因は懐中時計の修理。修理代を払おうとする客と、それを頑として受け取らない店主。木場からこの話を聞いた中禅寺はひとつの着想を得る。

前巻からの続きであり今回は解決編。説話「テセウスの船」に擬えた真相であり、それ自体も面白かったですが、さらにラストに『魍魎の匣』を予感させるものがあり、なかなか粋であると言わざるを得ないでしょう。ここで屈託なく相好を崩す木場と、相反して昏沈を滲ませる中禅寺が、数年後に揃って悲劇に堕ちることになる訳で、読んでいてなんとも去来するものがあります。

 

 

[遺産騒動の回]

栞奈は同級生・武園秋倫から失せ物探しの依頼を受ける。先だって秋倫の父が亡くなったのだが、父が家族に遺したという手紙が見つからないため、秋倫が栞奈に相談を持ち掛けたのだ。遺言状より先に家族がその手紙を読むことが、いまわの綴じ目における父の意志であったという。一方、兄・総一郎からの伝手により、榎木津礼二郎もこの遺産騒動に担ぎ出される。

この巻のハイライトであり、探偵を務める榎木津がいつもの特殊能力といつもの傍若無人を遺憾なく発揮しています。捜査も推理もせず、あまつさえ依頼人の話さえ聞かず、ただ顔を視ただけで下手人を指摘する。真相としてはなかなか予想の埒外。もっとも、ここでは八方丸く収まった感がありますが、実際にこんな事があったらそれぞれの胸裡にはいろんな蟠りや遺恨が生まれそうな気がしたものでした。書きようによってはこれだけで長編小説が一本書けそうな内容。

 

 

[最中消失の怪]

栞奈の通う学校の茶道部において、茶請けの最中が忽然と消えてしまった。茶会の準備をしようと部屋に入ったら、用意していた最中が無くなっていたという。部員たちの話を聞きながら、栞奈は推理を始めていく。

何気に好きな一篇。この巻は途中までですが、真相が気になるし解決編が楽しみです。そして登場人物のひとりの、最中に対する「もそもそしてるところがちょっと苦手」というコメントが地味にツボ。分かっている感があるというか、このあと「プディングの方が美味いよ」的なセリフが続いてくれれば完璧だったかも。

 

 

二篇目は和寅のコマから始まっているので、和寅がそれなりに出張ってくるのかと思っていましたが、案に反して最初と最後に少し現れただけでした。普段は榎木津を「先生」と呼んでいたと思うので、「坊っちゃん」という呼び方をしているのが妙に新鮮。和寅視点のストーリーというのも、スピンオフでも小説本編でも読んでみたい気がします。

 

さて、次巻は最中消失事件の解決編。今のところ怪異という程のものもなく、遺産相続や失踪事件なんかと比べると地味目な話ではあるのですが、こうゆう日常的な話が面白いし事件としても真相が気になるところでした。

 

 

8巻 → https://ameblo.jp/apirutemperance/entry-12825631957.html

 

 

読了:2024年5月12日