人類には早すぎる小説。

小林泰三氏による異形のSF六篇が楽しめる愉快な一冊です。

『予め決定されている明日』、『空からの風が止む時』、『C市』、『時空争奪』、『完全・犯罪』、『クラリッサ殺し』。

趣向に富んだ六種六様のSF小説であり、この鬼才ぶりたるや、他の追随を許さないものがあります。「傑作」というより、むしろ畏怖の念を込めて「奇作」とでも呼びたくなってきます。


 

 

 

[内容]

予め決定されている明日

空からの風が止む時

C市

時空争奪

完全・犯罪

クラリッサ殺し

 

 

自分は六篇のうち、『予め決定されている明日』『C市』『時空争奪』は別の短篇集で既読でしたが、読み直しでも全然楽しめました。特に『C市』のラストは何度読んでも強烈なインパクトであり、再読でもゾクッと来ます。『予め~』の堕ちていくその末路もまた悍ましくて実にいい。

一方、初読のうち一番好きだったのは『完全・犯罪』。エキセントリックな科学者がタイムトラベル理論を構築したものの、別の博士に先を越され物理学賞受賞を逃してしまったためにそれを逆恨み。五年前の過去に爆弾を送り込んで博士を抹殺して、歴史を書き換え、そして晴れて自分がタイムトラベル理論を発表して世間の称賛を得ようという、そんな一篇。

タイムパラドックスなど、ちょっと複雑な部分もありますが、それでいて妙にユーモラスであり読み進めるだに笑いがこみ上げてきます。オチはある程度予想どおりでしたが、むしろ予想どおりであるからこそ、様式美的でたいそう愉快でした。本書の個人的ハイライトだった一篇。

 

そして、続く『クラリッサ殺し』は、こうゆうタイトルが付けられてはいますが、名作『○○殺し』シリーズとは別物です。「不思議の国」の話でもなければ、井森もビルも登場しません。スペースオペラ『レンズマン』のアトラクションで起こった奇怪な事件です。バーチャル空間において『レンズマン』になり切るというアトラクションなのだけれど、参加者の女子高生ひとりがその中で血まみれで殺害されてしまう、という内容。

オチとしては実が虚となるような展開でした。自分の視ている世界が虚構かもしれない。いやさ、自分自身さえも虚構かもしれない。そんな足元の覚束なさに苛まれる一篇であり、ちょっと前に読んだ短篇集『幸せスイッチ』を思い出したものでした。

 

 

そんな六篇のSF。どこを掬い取っても小林泰三氏の奇想が盛大に発揮されています。

副題どおりSFに傾倒した短篇集ではありますが、一方で小林泰三小説の大きな魅力であるミステリー要素やホラー要素はかなり希薄です。そのため、よほどSFが好きだという事がなければ、はじめて小林泰三小説を読む人にはちょっと勧めにくいかもしれません。小林泰三小説デビューをお考えのかたは、素直に代表作『アリス殺し』か、もしくは『脳髄工場』や『百舌鳥魔先生のアトリエ』などのある程度バランスの取れた短篇集のほうが入りやすいでしょう。

とはいえ、小林泰三氏がお亡くなりになってから『肉食屋敷』や『人獣細工』などが色直しして刊行されており、こんな感じで未読の小説や今では入手しにくくなった作品が読めるようになっているのは、最近ファンになった身としては喜ばしい限りです。6月には本作と同じフォーマットで『ミステリ傑作選』も上梓されるそうで、そちらも合わせて読んでみたいところ。新しい小説が書かれることは永遠に無くなってしまったわけですが、こうしてまだ読んだことのない小説に出会えることは、やはり胸が高鳴るものです。

 

 

読了:2024年5月8日