小憎らしいアホ面と世界に誇る胴回りとどうしようもない駄洒落をもって人々の顰蹙を買う稀代の珍獣もとい神様が、パワハラに苦しむ青年を救い「本物の夢」を見つけるための指南を施す。「夢をかなえる」ではなく「夢を見つける」にフォーカスしたこの巻。神様ガネーシャによるひとつひとつの教えは、すこぶる得心したりあるいは耳が痛かったり、きっと多くの人に刺さるものがあると思います。「自分を好きになる」とか「好きなものを見つける」とか、何を日和ったことを、と思わないでもなかったですが、それぞれの「課題」とストーリーを通して語られるその真意は中々どうして瞠目。

全体をとおして笑いと涙と含蓄に富んでおり、自己啓発本としてだけでなく、一篇の小説としてもたいへん面白く読めます。


 

 

 

[梗概]

会社員の「僕」は、課長からの執拗なパワハラに苦しんでいた。理不尽な罵言にひたすら耐える日々は、「僕」の心と体を確実に蝕み続ける。しかし、田舎の両親のことを思うと退職する決心もなかなか付かないし、ようやっと意志を固めたとしても、いざ課長を目の前にすると萎縮のあまり辞意を告げることができなくなる。同僚は誰ひとり助けてくれず、絶望に打ち沈む「僕」。しかしそんな「僕」の前に、なんとあの「ガネーシャ」が現れたのである。あらゆる厄災を取り除き人々を幸福に導くことで、全世界から信仰を集める偉大な神・ガネーシャ。

ガネーシャは、ペットであり人の「夢」を食べるという霊獣「バク」とともに、「僕」の部屋を訪れ、そして「僕」を人類史上最大の偉人に育て上げると宣言するのであった。しかし、その舌の根の乾かぬ内に、ガネーシャは絶句することになってしまう。「僕」には、人生において成し遂げたい「夢」が無いのであった。

 

 

という導入であり、この後からガネーシャによる、「夢をかなえる」ではなく「本物の夢を手に入れる」ための指南が始まるのです。

 

 

「日の出を見る」、すなわち「早起き」から始まる一連の課題群。早朝は空気もすっきりしているし、頭も冷静だし、誰からの邪魔も入らない。作業を行ったり、大切な意思決定を行うには適した時間帯であると言えるでしょう。一理も二理もある話だし、加えて早く起きると太陽の偉大さを感じることもできます。

そしてその次の課題は「好きな匂い、物、人、場所を見つける」。仕事、趣味、住む場所、食べるものから服装に至るまで、自分の「好き」よりも、他人からどう思われるかを優先してしまう。これは多かれ少なかれ、誰しも身に覚えのあるところなのではないでしょうか。この主人公も本当は好きであるにもかかわらず「もんじゃ焼き」を避けてしまったり、自分の気持ちよりも両親の期待を優先したために好きじゃない仕事を選んでしまったり。本当に好きなものを避けてしまう理由には「周囲からの評価が下がることを恐れている」ということがあるようで、それがこの後の課題「やりたくない依頼を断る」「自分の欠点や弱さを告白する」に繋がっていくのでした。

 

あるいは「興味を持ったことを一歩深める」、「実物を見る」、「生活に「初めて」を取り入れる」

難しくはないけれど億劫だったり不安だったりで、適当な理由を付けては後回しにして結局やらずじまいって云う、そうゆう内容が多い気がしました。そうした行動を起こすことを億劫がる性向が、「夢の実現」や「夢を持つこと」を遠ざけている理由のひとつになっているのだろうかと思ったものでした。

 

数ある課題の中でも特に面白そうだったのは、「インターネットを一日断つ」。インターネットに首までどっぷり浸かった現代人が、スマホもPCも開かないでインターネットから距離を置いたなら、果たしてどんな発見があるのでしょうか。誰とも繋がらないことに不安を覚えるか、情報が得られないことに不便を感じるか、あるいは思った以上に居心地の良さが生まれるか。一度、身をもって体験してみたい課題のひとつであります。

 

「本当の好き」「自分の気持ち」、行動を起こすことを「億劫がらない」、そして胸の裡に残る「痛み」。全体的にそれぞれの課題の繋がりが、これまでのシリーズより分かりやすかったような気がします。

 

 

ちなみにストーリーとしては、ガネーシャのペット・バク、そして父神・シヴァが初登場し、ガネーシャの生い立ちが語られます。この父子には長年の蟠りが生じているのですが、それが主人公の成長に伴って氷解していくのです。主人公ではなく、ここまでガネーシャサイドに視軸を合せたストーリーは、シリーズ初だと思うのでなかなか新鮮な趣がありました。

なお、差し挟まれるギャグが若干クドくて、それがストーリーを追っていくうえでテンポを削いでいる部分も多少ありましたが、それでも主人公の成長物語とガネーシャ・シヴァの親子喧嘩のストーリーは卓越であり、総じてこれまで同様小説としても面白く読めたと思います。

悪食がひどくて駄洒落のセンスがなく、腹回りはだらしなくて、喫煙癖が抜けない。このシリーズは久しぶりに読みましたが、ガネーシャは相変わらずの迷惑な珍獣っぷりであり妙な安心感がありました。それでいて「夢を手に入れる」ための指南の数々は、どれも溜飲の下がるものばかりであり、読んでいて得心すること必定です。

 

 

「好きなものを見つける」「自分の気持ちを大切にする」「自分を好きになる」

それだけ聞くと、何を月並みなことを、と思いはするのですが、実際それは何より大切な事であるし、そしてそれを貫くは何よりも難しい事でもあります。そしてこの主人公同様に、「夢をかなえる」以前にそもそも「夢を持っていない」という人も少なくないでしょう。ある意味、今までの巻よりこの『0(ゼロ)』は、多くの人に刺さるものがあるのではないかと思います。

これまでの巻を読んだ事がある人も、まだ読んだ事が無い人も、夢を持っていない人も持っている人も、この本を読んで「夢とは何か」「そもそも夢は必要か」、それらの命題について思惟を巡らせてみてはいかがでしょうか。

 

 

 

【ガネーシャの教え】

日の出を見る

好きな匂い、物、人、場所を見つける

やりたくない依頼を断る

自分の欠点や弱さを告白する

生活に「初めて」を取り入れる

自分の感情・感覚を丁寧に観察する

実物を見る

過去の出来事を「伏線」ととらえ、希望を持ち続ける

興味を持ったことを一歩深める

インターネットを一日断つ

自然の中でゆっくり過ごす時間を持つ

虫の役割を知り、大事にする

名作を鑑賞する

やりたくないことを全部書き出し、やりたいことに転換する

怒りの気持ちを伝える

苦手な人の信念を読み取る

自分と違う分野・文化の人と話す

仮体験する

欠点や負の感情を「自分の一部だ」と思う

自分と同じ痛みを持つ人を助ける

誰かの「ありのまま」を愛する

 

 

 

読了:2024年3月31日