『Ⅳ』におけるシンデレラの起源探求に近い印象があり、このリテラチュアな趣向がとても良かったです。今回の主役はコナン・ドイル著『バスカヴィル家の犬』。別人の手による原稿が発見され、どちらが先に書かれたものなのか、本当の『バスカヴィル家の犬』の作者は誰なのか、直木賞候補作家の杉浦李奈がその真偽を見定める。そしてその最中に小説さながら魔犬の襲撃に遭う、というストーリー。

真贋鑑定、魔犬騒動、直木賞ノミネート、それぞれの事件が互いに縺れながら進んでいく展開は、先の予想が付かず始終面白く読んでいました。そして一連の騒動の裏には浅ましく邪知深い、業突張りたちの奸計が巡らされていたのです。

 

 

 

 

 

[梗概]

KADOKAWAから刊行された純文学小説『ニュクスの子供たち、そして私』。その作品がなんと直木賞候補としてノミネートされた杉浦李奈。予想もしない吉報に嬉しさを隠せない李奈であるが、実際の受賞作発表は一ヶ月以上も先であり、それまでは喜びと共に焦燥感も募らせる日々が続いていく。

そんな李奈のもとにKADOKAWA経由で、英国文学史検証委員会から連絡が入る。委員会によると、フレッチャー・ロビンソンによる『バスカヴィル家の犬』の原稿が発見されたというのだ。『バスカヴィル家の犬』は、アーサー・コナン・ドイルによる、「シャーロック・ホームズ」シリーズの一作であるが、この発見により、それがコナン・ドイルではなく別人の著作物である可能性が示唆されたことになる。李奈は、その原稿の真贋を見定めることを依頼されてしまう。

 

 

このシリーズには珍しく海外作品が主役の一篇。過去に『シンデレラ』を取り扱ったことはあるものの、それ以外は太宰治や芥川龍之介、岡本綺堂など日本の文豪やあるいは日本の出版事情に視軸を合わせた内容が多かったので、そうゆう意味で新鮮な印象がありました。それでいて真贋分析のキーとなる部分はこのシリーズらしく独特の切り口であり、それもまた面白いところ。さらに真相を確かめるため渡英まで果たすので、その辺はどこか『万能鑑定士Q』を彷彿とさせるものがありました。シリーズとしては、なにげに初のグローバルな展開。

 

 

「探偵」の代名詞とも言える『シャーロック・ホームズ』のシリーズ。その世界的名作に突然湧いて出た盗作の疑惑。剽窃やパクりの話は『I』『Ⅳ』でもありましたが、どちらも架空の小説が対象であったのに対して、今回フォーカスしているのは現実に存在する小説です。

と言っても、これまでのシリーズと特になにか変わる訳ではなく、一連の不可解な事件に対して、杉浦李奈が豊富な文学知識と鋭い慧眼をもって真相に迫っていくというお馴染みの展開が繰り広げられています。もっとも、世界的名作が対象ということで、グローバル規模の話にまで至っているのは中々どうして新鮮でありました。

ちなみに魔犬騒動の仕掛けと真相については荒唐無稽感というか、さすがにそれは、と思ってしまいましたが。

 

自分はそのシリーズと作者であるコナン・ドイルについてまったく通暁していないのですが、それでも十分面白く読めました。自分と同じように『シャーロック・ホームズ』にあまり詳しくないという人でも楽しめると思いますし、むしろ通り一辺倒の知識しか持っていない「ホームズ」ビギナーのほうが、新鮮な発見があって面白く感じるかもしれません。

 

直木賞の行方も含め、顛末についてはある程度想像どおりの展開でしたが、そこに至るまでの道程はなかなか想像の埒外ばかり。全体的に『Ⅳ』における『シンデレラ』の起源追究や『Ⅶ』の『聖書』に関する大騒動に近いテイストであり、ひとつの作品を深堀りしていくストーリーはやはり面白いものがあります。

直木賞候補作家が世界的名探偵のシリーズに挑む『Ⅺ』。最後の一行は『Ⅻ』が気になる引きでした。

 

読了:2024年3月7日