因なき果は存在せず、果は新たな因となる。タイトルどおり風桶ロジックをガジェットに据えた一篇であり、あまり読んだことのないミステリーが楽しめました。

人畜無害の所轄の刑事と、鋭い慧眼と人並み外れた美貌を備え、一方でドSかつ猟奇趣味の気質をもつ美人刑事が、奇怪な連続放火殺人を追っていくというミステリー。恨み辛みが連鎖を重ね、そのたび人が焼死してゆく。その真相はトラジックであり、人の世の遣る瀬無さが胸打つものがありました。そして事件そのものは凄惨極まるも、それを綴る語り口は中々どうしてユーモラスであり、そのバランス感がまた印象的。

 

 

 

 

[梗概]

静岡県浜松市で発生した連続放火事件。何人もの男女が無惨な焼死体となって発見される。哀れな被害者たちは年齢も職業もばらばらであり、全員を繋ぐ共通点は見つからないまま、被害者の数はまた一人と増え続ける。所轄の刑事・代官山脩介はこの凄惨な事件の捜査に当たることになる。そしてそんな代官山を事件以上に困惑させるものが、彼の前に現れる。それは彼の相棒となる女刑事。彼女の名は黒井マヤ。警察庁次長の娘であり、しかもすこぶる付きの美人。本来ならこんな血統書付きの美女とお近づきになれるだけで、大半の男性が有頂天になるところだが、彼女には大半の男性をドン引きさせるような悪魔的な性向があったのである。

 

 

卓越した推理力と鋭い慧眼、そして見目麗しい容姿を備えている一方、怪奇趣味で猟奇愛好家で毒舌際限ないという見上げた性格破綻者。それがドS刑事・黒井マヤ。

小説に限らずこうゆう素っ頓狂な人物造形のキャラが登場する場合、それがストーリーにうまくハマっているときもあれば、妙に取って付けた感があり何だか興醒めするようなときもありますが、ここではこの愉快なキャラ設定が奏功しているように思います。むしろこれが無いと結構普通のミステリーになってしまう気がしたものでした。まあ普通のミステリーとしても十分面白いのですが、この珍妙な人物造形とシュールな語り口が加わることによって、まさに唯一無比の読み味を生み出していたと思います。

 

 

そんなドS気質の美人刑事とそれに振り回される所轄の刑事が追っていくのは、陰惨たる連続放火事件。執拗に焼殺を繰り返す犯人。そこには一体どんな遺恨があるのか。

そして最初の被害者と次の被害者には接点があるけれど、さらに次の被害者と最初の被害者の間には接点が無いという。被害者全員に当てはまる共通項がないため、全部別々の犯人かと一瞬思いはするものの、いくらフィクションとはいえそれもまた荒唐無稽すぎる。そこには一体どんな絡繰りがあるのか、先の展開が気になり、どんどん先へと読み進められます。小気味いい語り口も作用し、ミステリーとしてのドライブ感は実に心地よいものがありました。

 

 

恐喝されたり騙されたり難癖をつけられたり、何らか悪意を向けられた者は、その心中に凝った悪念をさらに立場の弱い者へと向けてゆく。そしてまた悪意を向けられた者が恨みや憎しみを抱き、もっと立場の弱い者をその捌け口にする。その連鎖がひたすら繰り返されていくという事件構造。

そのさまはまさに「風が吹けば桶屋が儲かる」の俚諺を体現したようであり、おぞましくも哀しく、そして業の深い話であったと思います。それでいてそのロジックを中心に据えた一連の事件は、ミステリーとしての構造がたいそうユニークであり、すこぶる面白いものがありました。

 

 

悪因悪果は世の倣い。憂き世の哀しさが、シュールでユーモラスな語り口と特異なミステリー構造をもって描かれる、稀代のシリーズ一篇目。「ユーモアミステリー」という惹句があったので、バカミスに全振りした『全裸刑事チャーリー』のノリを予想していたのですが、思いのほかシリアス展開であり、それが意表を突かれた感がありました。

ミステリーとしての面白さと、黒井x代官山コンビによる漫才のような応酬が楽しめる、痛快だけど遣る瀬なくもある独特のミステリー小説。

 

 

読了:2024年1月29日