『書楼弔堂 待宵』『絡新婦の理 愛蔵版』、そして『鵼の碑』。素敵な京極イヤーでした。

そしてはじめましては北山猛邦さん、中村あきさん、石井仁蔵さん、真下みことさんなど。

 

 

 

2023年の読書メーター

読んだ本の数:182冊

読んだページ数:63424ページ

 

以下、抜粋です。

 

■書楼弔堂 待宵

1月22日 著者:京極夏彦

本と人も合縁奇縁。シリーズ三冊目となる今回は、新しい時代に馴染めない偏屈老人・弥蔵が語り手です。己の過去を決して語ることなく、ひたすら不味い甘酒を拵えているけれど、その胸中は悔恨や慙愧や諦念で満ちている模様。その老体に案内されて、蟠りを抱えた者達が弔堂で一冊の本と巡り合う。ある者は滑稽を貫き、ある者は統御を求め、ある者は予兆に慄く。至宝のシリーズ三冊目。明治の書舗とその御世を生きた者達が、京極先生の筆致で紡がれています。その文章を追う愉悦たるや、やはり他の追随を許さないものがあります。『予兆』が特に好き。

 

 

 

■ON 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子

2月21日 著者:内藤了

はじめましてのシリーズ。始終面白く読めました。のっけから猟奇的で凄惨な事件現場であり、それがかなり強烈なインパクトで、その異様さに一気に引き込まれたものでした。強姦魔、死刑囚、殺人犯。世間を騒がせた犯罪者たちが己の所業をなぞるようにして変死を遂げていく。自殺か、はたまた誰かの陰謀か。新人女性刑事を主人公に据えたストーリー展開は、テンポも良くてとても心地よいドライブ感であったと思います。真相についてはそんな事が本当に可能なんだろうかと思いつつも、全体とおして心悸高まる展開であり一心不乱に読み耽っていました。

 

 

 

■ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 VIII 太宰治にグッド・バイ

3月9日 著者:松岡圭祐

このシリーズにしては珍しく、男女の愛憎悋気が業深い一篇だったと思います。特に解決編はちょっと生々しくもあり、妙に新鮮に感じられたものです。新たに発見された太宰治の遺書。その真贋鑑定と鑑定士の不審死、そしてその最中に起こった純文学作家の失踪事件。毎回思いも寄らない展開を見せてくれるこのシリーズですが、今度も意想外の真相でした。下手人がまたノーマークの人物。それにしてもなんとも常軌を逸した話であり、さすがにこれは無いだろって思いはしましたが、まあこうゆう破滅的で邪曲的な話は嫌いではないというか、結構好きです。

 

 

 

■瑠璃でもなく、玻璃でもなく

4月26日 著者:唯川恵

悔恨や愛憎や見栄や悋気や焦燥が綯い交ぜになった一篇だと思います。不倫に堕ちる二十代の会社員女性と、不満に苛まれる三十代の専業主婦、ふたりの視点が交互に綾なすストーリーです。片や恋うる心は更に燃え上がり、片や新に冷めてゆく。結婚・恋愛、あるいはキャリア。欲や不満は際限ないし、僻みも嫉みも底すら無い。男女の別を問わず、登場人物たちに対してシンパシーを感じるところもあれば、逆に腹落ちしないところもあるのではないでしょうか。読みやすさとストーリーの面白さによりサクサク読めますし、小説の醍醐味が味わえたと思います。

 

 

 

■陽気なギャングが地球を回す

5月22日 著者:伊坂幸太郎

銀行強盗して奪った金を別の無頼者たちに奪われると云うあまり同情の余地がない話。シュールですっ惚けていて、全体通してあまり小難しい事を考えず能天気に楽しめました。嘘を暴く男、天才スリ、演説に長けた口八丁、精密な体内時計。現実ではどれかひとつだって珍しいとは思いますが、ここではそんな珍妙な連中が四人集まって綾なす群像劇。どのアビリティも使いようによっては幾らでも社会に役立てられそうな代物だけれど、彼らがその特技を活かして興じるは、寄りによって銀行強盗という見下げ果てた所業。クセになる読み味のギャング小説です。

 

 

 

■安楽探偵

6月21日 著者:小林泰三

その名の通り安楽椅子探偵を主人公に据えたミステリー。奇想と異形の全六篇が楽しめました。常軌を逸したストーカー事件に始まり、超能力、誘拐、寄付金詐欺。縁起の悪い六つの事件を、外に出ることもなく依頼人の話を聞くだけで、その真相を導出する。それは実に意外の感があり、ときに物狂い染みていてすこぶる好みの趣向。特に『ダイエット』のミスリードには綺麗にハマったもので、ここまでハマると大層気持ちがいい。そして、読んでいて所々引っ掛かる部分があったのですが、それらは悉く伏線であり、最後の『モリアーティ』で回収されました。

 

 

 

■麻雀放浪記 3 激闘篇

7月9日 著者:阿佐田哲也

退廃と堕落感極まる麻雀小説。着の身着のまま女と手に手を取って逃げるとか、いかにもデカダンロマンの趣。そして肘の痛み、新聞社に就職、破落戸麻雀など業の深い話もあり、漫画『哲也』でもそれっぽいエピソードがありましたが、それらの元ネタがここだったのかと妙に感心しました。そして時代が移ろうにつれ、麻雀は「博打」から「娯楽」へと変容した模様。それが世相に合わせた賢い在り方なのか、或いは堕落の成れの果てなのか、それは分からないけれど、復興と近代化を果たした日本に相反するように、玄人世界の底はより深くなったようでした。

 

 

 

■スマホを落としただけなのに 連続殺人鬼の誕生

8月14日 著者:志駕晃

あの殺人鬼の真実がここに。いかにして稀代のシリアルキラーは生まれたか、サブタイトル通りその仕儀を描いた一篇であり、これまでとはまた違う趣向ですが、面白さは前作までに比肩すると思います。虐待、自殺、多重人格。そして凄絶な出生の秘密。過去の「僕」と現在の「俺」による二つの視点が綾なすストーリーであり、その構成がまた面白いものがあります。たまに殺人鬼らしからぬ人間らしさが窺える気がして、これがあのシリアルキラーなのかと思いはしたものの、すべてを覆すは最後の最後。「浦井光治」の闇が底すら無く深くなったようでした。

 

 

 

■鵼の碑

9月29日 著者:京極夏彦

17年の星霜を経て、高らかにその鳴き聲を響かせた妖怪小説。ここまで来ると、もはや読むのに緊張すら覚えてしまうものです。エピソードゼロとも言うべき『百鬼夜行・陽』はあらかじめ読んでおり、それを踏まえてどんな事件が起こるものか、何年も前から想像を巡らしていた訳ですが、実際読んでみればおよそ想像しない展開が広がっていたのでした。殺人の記憶を持つ女、消えた三人の死体、行方知れずの婚約者。そしてハイライトの一つは憑き物落としのラストではないでしょうか。妖怪を祓う者と妖怪を使う者の末裔が邂逅。感慨が胸中を満たします。

 

 

 

■修羅の家

10月17日 著者:我孫子武丸

おぞましく阿鼻叫喚な一篇でした。悪鬼羅刹のその家では、魔障の女が家族を統べる。そして恐悸に支配された家族は、逃げ出すことも逆らうことも叶わない。暴力、凌辱、恫喝、制裁。その鬼畜の家に取り込まれていく者と、そこから救い出そうとする者のふたつの視点でストーリーが展開していきます。最初から最後まで八大地獄の一番下みたいな様態であり、読み進めるだに小胸の悪くなるは必定。まあ、あの名作『殺戮にいたる病』級の衝撃を期待すると、ちょっと違うってなるかもしれませんが、これはこれですこぶる猟奇的です。最後がまたイヤミス的。

 

 

 

■エヴァーグリーン・ゲーム

11月12日 著者:石井仁蔵

面白いという前評判は耳にしていましたが、実際読んでみれば想像以上であり、序盤から一気に読み耽りました。難病、視覚障害、凄絶な生い立ち。生きることに絶望した者たちが、チェスとの出会いによって生を実感していく。チェスを通じて描かれる生と死の物語。とにかくストーリー展開が面白いし、ドライブ感も痛快でした。そして盤上における緊張感、焦燥感、優越感、絶望感、高揚感、読み進めるだにそれらに胸の高鳴りを覚えます。その果ての生死。誰にでも訪れる死はあまりにも残酷で、そして盤上に全てを賭ける生は、どこまでも力強いのでした。

 

 

 

■#柚莉愛とかくれんぼ

12月12日 著者:真下みこと

地下アイドルもSNSも闇がいっぱい。安っぽいドッキリ企画によって炎上したアイドルが主人公のサスペンス長編であり、はじめましての作家さんでしたが、ストーリーも展開も闇深くて始終面白く読めました。ラストがまた救いが無くて無愧無惨で実にいい。地下アイドルの実態とかSNSの模様なんかも妙にリアルな感じがして、読んでいて息が詰まりそうなものがありました。そして隠れた相手を探そうとする鬼たち。「鬼」とは不可視の存在であるそうですが、SNSにおける視えない相手からの中傷たるや、それはまさに鬼の所業にも思えたものでした。