なかなか見たことがない、珍しい構成と読み味が楽しめました。

得体の知れない隣人から、引っ越し早々本屋の襲撃に誘われる大学生。そんな不憫な大学生による「現在」の視点と、ペットショップで働いていた女性の「二年前」の物語。過去彼女とその周りで何が起こったのか。それを「現在」と「二年前」の二つの視点から追っていくスタイルであり、その過去の顛末はトラジックというか不憫すぎるものがありました。

もっとも、悲劇的ではあるけれどそれを綴る語り口はシュールで空惚けていて、それでいてウィットに富んでおり、その独特のバランス感たるや実にクセになります。


 

 

 

[梗概]

大学入学のため引っ越してきたばかりの椎名は、アパートで黒服をまとった長身の青年と出会う。男は「カワサキ」と名乗り、出会って早々椎名に本屋の襲撃を持ち掛ける。その目的は、本屋から広辞苑を簒奪するということ。なぜ広辞苑一冊ごときで、そんな悪行に手を染めなければならないのか。それを訝しむだけの常識と良識は備えている椎名。しかし決行の夜、彼はモデルガンを携え裏口に立っているのであった。

 

 

ストーリーとしては、その人畜無害の大学生・椎名における「現在」の視点があり、そしてもうひとつ、ペットショップの店員・琴美の視点により「二年前」のある事件が描かれます。

その「二年前」とは、琴美とブータンからの留学生・ドルジ、そして琴美の元恋人・河崎の三人による物語。ペットショップからいなくなった柴犬を探しに出た琴美とドルジが、当時頻発していた動物虐待の犯人グループと思しき男女に遭遇し、その無頼者たちから逆恨みされてしまう、というストーリー。

「現在」である大学生・椎名の視点を読んでいると、二年前琴美たちの身に何かしら悲劇的な出来事があったことが推察されるのですが、それが何であるのかは序盤のうちははっきりしません。読者は、事件の第三者たる椎名に同調しながら、過去の事件を辿っていくことになります。そして仕込まれていた仕掛けについては、まったく想像しておらず、それを悟った刹那はオッとなりました。

 

 

「現在」と「二年前」が交錯して独特のストーリー展開が生まれており、その果ての「二年前」の真相は、惻隠の情を禁じ得ないものがあります。悲劇的極まりない話ではあるのですが、それでいて終始纏っているは、『陽気なギャング』にも通底するようなシュールさ。そして真似したくなるような独特の文体も相和して、比類ない読み味の一篇となっていました。

 

 

読了:2023年12月24日