下着を盗んだだけなのに。盗みに入った部屋で女性の他殺死体を発見して恐怖のあまり逃げ帰るも、自室では下着姿の少女を監禁している。どこから口を差し挟んだものかと云うインパクトの強い導入なのですが、この後は監禁された少女が安楽椅子探偵となって事件の真相に至っていくという展開であり、なんかいろいろ凄かったです。なかなか読んだことがない、形容しがたいダークミステリー。さらに本編だけでなく、インターローグや最後のショートショートを読むと、ロリータを纏ったこの少女は本当は何者なのかがどんどん分からなくなる感じがありました。
内容
プロローグ
第一話 山根亮太
幕間
第二話 宮本伸一
幕間
第三話 アカネ
エピローグ
アカネ -another night-
導入
フリーターの山根亮太は、向かいのマンションに住む女性を自宅から覗き見していた。ある早朝、亮太がコンビニのバイトから帰宅するその道中において、女性の部屋のベランダに洗濯物が干されてあった。無防備に晒されている下着を見て劣情を抱いた亮太は、ベランダによじ登って下着をもぎ取る。そのまま室内の様子を窺うと、不用心にも窓が開け放しであり、亮太はそこから部屋に侵入するが、どうにも様子が怪訝しい。散らかった室内。彼女は床に倒れていた。彼女が生きていないのは明らかであった。何者かに殺されたのである。
思いも寄らない状況に困惑を極める亮太は、恐怖のあまりその場から逃げ出してしまう。本来であれば、救急車を呼ぶなり警察に通報するなり何らかの対応をすべきところではあるが、亮太にはそれが出来ない理由がある。それは彼が盗撮や下着泥棒の罪を犯しているからではない。いや、それも理由ではあるのだろうが、亮太にはもっと深刻な問題があるのだ。亮太は、自室に少女を監禁しているのであった。
ピンクのロリータ服を纏い、髪をツインテールにした少女「アカネ」。本作は、この謎の少女を中心に据えた異形のミステリーです。
第一話
彼女は監禁され、あまつさえ強姦されかけたにも拘わらず、なぜか妙にふてぶてしい。自分を監禁しているその相手を前にして、そいつを揶揄ったり悪態をついたりして、およそ下着姿に剥かれ手錠をかけられた人間の態度とは思えず、読んでいるとこの少女は何者なんだろうと次第に訝しむようになります。
最初は盗撮や下着泥棒に耽るこの男のほうに対して、胸の悪いものを感じるわけですが、徐々にこっちの少女のほうにうそ寒いものを感じるようになってくるのです。
そして彼女は、聡明怜悧ひとを超えるところがあり、その慧眼をもって推理を重ね、向かいのマンションで起こった殺人事件の真相に迫っていくことになります。安楽椅子探偵ならぬタイトル通り「監禁探偵」。監禁された少女が殺人事件の推理をするというおよそ現実離れしたシチュエーション、というか監禁も殺人もどちらかだけで十分非日常なわけですが、輪をかけて非日常なシチュエーションが出来上がっているわけです。
第二話
第二話では、ガラッと場面が変わります。
場末の病院の研修医・宮本伸一が語り手となり、その病院に轢き逃げに遭った瀕死の少女が搬送されてきます。彼女は、「神の手」の二つ名を持つ名医・多岐川の措置によって一命を取り留めるも、事故の衝撃によって記憶を失っていたのでした。しかし、所持品から彼女の名前が「アカネ」なのではないかと推察されるという。
厳密にはこの少女が本当に「アカネ」という名前なのかは分からないし、第一話の「アカネ」と同一人物なのかも分かりません。
しかし彼女が入院して以降、院内では看護師の自殺や幽霊騒動などの怪事件が起こり、そして彼女はそれらの事件に興味を持ち首を突っ込んでいくことになります。例によってその慧眼を遺憾なく発揮して、事件の真相に至り、さらに彼女を襲った轢き逃げ事件の真相も見破るのです。この轢き逃げ事件がまた狂気に憑かれたような酷い話。
第三話
第三話では、一話と二話のふたりの語り手が協力して、行方知れずになった「アカネ」を探し出そうとする、という展開。そしてその探索において、彼女の凄惨たる過去が明らかになっていくのです。されど核心には迫るも、彼女が本当は何者で、そして本当は何を目的にしているのか、それは結局最後まで明言されず、真実は藪の中。はっきり解答が提示されないので、読む人によってはもやもや感が否めいかもしれませんが、本作の場合このラストのほうが底知れなさが残っていいのかなって気がしました。
監禁された少女のミステリー。その中でもミステリー的な快感が一番大きかったのは最後のショートショート『アカネ-another night-』でした。
山道で車を走らせていると、少女が血相を変えて走って来る。車に乗せて事情を聞いたところ、彼女は男に襲われ強姦されかけたという。命からがら逃げてきた彼女は金も持っておらず、今夜泊まる場所もないという。どこでもいいから泊めて欲しいと頼む彼女の視線の先には、ラブホテルが見えていた。
これは完全にミスリードされました。正直なところ、一話から三話はストーリーはすこぶる面白かったけれどミステリー的な驚きはそこまでではなかったので、最後の最後はちょっと油断していた部分があります。
監禁された少女という、明らかに被害者である人物が探偵を務める異形の一篇。ミステリーとしての驚きより、この少女の底知れなさと闇深さ、彼女を中心として起こる怪事件、そして架空無稽なストーリー展開を楽しみました。
読了:2023年11月24日