際限ない闇から悔恨や葛藤を経て、やがて一筋の光が見えてくるような、そんな六篇の群像劇であったと思います。胸臆から甦ってくる過去の傷。それは残酷だったり業が深かったり、あるいは時に優しかったり、読んでいるこちらも始終痛みを覚えるものがありました。そして、それぞれが過去の傷や痛みに向き合っていくことになります。

「思い出したくないことばかりはっきりと憶えているくせに、大切なことはみんな忘れてしまう」

『風媒花』におけるこの述懐は、首肯を禁じ得ないものがありましたし、実に印象に残っています。全体をとおして閑寂で孤独を感じる語り口であり、そして一寸先の闇と一筋の光を感じた短篇集でした。

 

 

 

 

 

 

[内容]

遠い夏、別荘で出会った女を思い出す「隠れ鬼」

夜の帳が下りた後、孤独の兄妹は川原で虫を捕る「虫送り」

在りし日に心を通わせた少女「冬の蝶」

隣の部屋で起こった窃盗事件と耳の聴こえない少女「春の蝶」

姉を見舞う弟の胸中には、母親への蟠りが凝っていた「風媒花」

複雑な家庭事情を抱える寡黙の教え子「遠い光」

 

 

それぞれのストーリーが繋がり合っている六篇。ある者は夏の日の秘密を思い出し、ある兄妹は夜陰に紛れて罪を犯し、またある者は母親を憎む。誰もがその胸裡に、ひとに語ることのできない秘密を抱えているようでした。

最初の三篇が特に業が深かったと思いますし、終わり方としてもある種イヤミス的と云うか中々小胸の悪くなるものがあります。

 

なかでも特に好きだったのは耳の聴こえない少女『春の蝶』。少女が聴こえなくなった理由は哀しすぎるし、そして「世界を閉じることで得られる解放感」はなにか分かる気がしたものでした。

 

道尾秀介小説としては『片眼の猿』や『カラスの親指』といったミステリー・サスペンス感の強い小説や、『鬼の跫音』などのホラー短篇集は読んでいましたが、こうゆう文学色の濃い小説はあまり読んだことがなかったもので、なかなか新鮮な読み味が味わえました。

過去という闇のなか、その痛みと傷に向き合った果てに、なにか光明が感じられた気がしたものでした。一寸先の闇と一筋の光が相和した、静やかで美しく、そして痛みを覚える連作短編集であったと思います。

 

 

読了:2022年7月21日