その名の通り「安楽椅子探偵」を主人公に据えたミステリー。奇想と異形の全六篇が楽しめました。

常軌を逸したストーカー事件に始まり、超能力、誘拐、寄付金詐欺。縁起の悪い六つの事件を、一歩も外に出ることもなく依頼人の話を聞くだけで、その真相を導出する。それは実に意外の感があり、ときに魔的でときに物狂い染みていて、すこぶる好みの趣向でした。

鬼才が紡ぐ「安楽椅子探偵」六篇。

 

 

 

 

[内容]

熱狂的ファンの奇行に苛まれる「アイドルストーカー」

選んだ人間を消し去ることができる「消去法」

誰かに太る薬を盛られていると訴える「ダイエット」

レストランで食事中に娘がいなくなってしまう「食材」

詐欺に遭ったのではないかと疑う「命の軽さ」

これまでの事件の不可解な点を振り返る「モリアーティ」

 

この街一番の名探偵。「先生」と呼ばれるその探偵の事務所には、妙ちくりんな依頼ばかりが舞い込んでくる。「先生」とその助手が依頼内容を聞き、会話の端々からヒントを得て真相へと至っていく。

最後の『モリアーティ』以外はすべてこのスタイルであり、事務所の応接間において、ほとんど依頼人との会話だけで成り立っているという「安楽椅子探偵」然とした構成と言えるでしょう。

 

 

まず、一篇目『アイドルストーカー』からアクが強くて好発進。

禿げ散らかした肥満の中年男性が、アイドルの格好を真似て、あまつさえそれを写真に撮って送って来る。やや差別的な気がしないでもないのですが、想像するとさすがに滑稽というか、寧ろおぞましいものがあります。もっとも、それだけならちょっと変なファンというだけの話ではあるのですが、しかし男の奇行はエスカレートする一方であり、挙げ句プライベートまで監視されてしまう始末。

その真相にしても厄々しい事この上ない話であり、六篇の中でも特にインサニティ溢れる一篇だと思います。

 

二篇目『消去法』は、超能力を備えた女性の話。一言「消えろ」と告げただけで、相手の存在をこの宇宙から抹消してしまう。肉体のみならず、他人の記憶からも完全に存在を消し去ると云うのである。それだけでもおよそ信じがたい話ではあるのだが、同じ超能力をもった女性が、もう一人現れたのであった。

スーパーナチュラルのSF系ストーリーかとも思うのですが、その実なかなか邪知深い真相の一篇でありました。

 

ミステリーとして一番意表を衝かれたのは、三篇目『ダイエット』。実に綺麗にミスリードにハマったもので、ここまでハマるとたいそう気持ちがいいものです。

続く『食材』は、レストランで起こった子どもの失踪事件。お客が持ち込んだ食材を使って料理するというレストランであり、その特殊設定が活かされたストーリー展開です。両親の食べたものに対して悪魔的な想像が働いてしまうは必定。

『命の軽さ』は自分の寄付した金の使われ方を突き止めようとする男の話であり、その執念たるや甚だしい事この上ない。そもそもこの男が何でここまでして、手間と金の掛かる調査を行っているのか。その目的がイマイチ要領を得ず、それがまた不気味さを助長しています。六篇の中で一番好きなのは、この話かもしれません。

 

そしてラストは、かの名探偵シャーロック・ホームズのライバルの名を冠した『モリアーティ』。実はこれまでの五つの事件について、読んでいてところどころ引っ掛かる部分があったのですが、それらは悉く伏線であることが、ここで判明したのでした。そして、この「安楽探偵」の正体は一体何なのか。最後まで謎は謎のままに物語は幕を下ろすのでした。

 

 

そんな全六篇。小林泰三小説としては、SF色やホラー色は鳴りを潜めた感があり、グロテスクな要素も殆ど無いと言っていいと思います。総じてミステリーの色が濃いわけですが、その特異な世界観と、『アリス殺し』にも通ずるシュールな会話の応酬が遺憾なく発揮されているので、そこは小林泰三小説を読んでいるなっていう安心感があります。ブラック感溢れる「安楽椅子探偵」小説でした。

 

読了:2023年6月21日