迷い込んだ夢は『オズの魔法使い』。

頓狂な会話の応酬とメルヘンダークな世界観は、例によって安定の読み味でした。

『アリス殺し』『クララ殺し』に続くシリーズの三作目であり、物語のスタイルとしては前二作同様、現実の自分と対応するアーヴァタールが夢の世界に存在し、その夢の中の世界と現実の世界双方でストーリーが進んでいくというものになります。

そして、夢と現実の世界がリンクして起こる密室殺人。ミステリー的な驚きは『アリス殺し』のほうが鮮烈でしたが、寧悪で邪知深いこのダークエンドはすこぶる好みの趣向でした。

そしてハイライトのひとつは、名作『玩具修理者』とのリンクと言わざるを得ないでしょう。言わずと知れた著者のデビュー作。この『ドロシイ殺し』から『玩具修理者』へと繋がっていくのかと思うと、なんとも心悸高まるものがあります。


 

 

 

 

 

[梗概]

大学院生・井森建は、夢の中では間抜けな蜥蜴・ビル。ある夜、夢の中でビルは、見知らぬ砂漠をひとり彷徨していた。干からび乾きあがる寸前、ビルはひとりの少女に命を救われる。少女の名前はドロシイ。彼女によるとこの世界は、ビルがもともと住んでいた「不思議の国」ではなく「オズの国」であるという。ドロシイ、案山子、ブリキの樵、臆病ライオンに案内され、ビルは「エメラルドの都」にたどり着く。そして、「オズの国」を統べる女王・オズマに拝謁するのであった。

翌朝、夢から覚めた井森は、ビルのことを考えながら大学構内を歩いていたが、その最中に突然意識を失ってしまう。倒れた井森を介抱してくれたのは、夢で見たドロシイにそっくりの少女。彼女こそが「オズの国」におけるドロシイのアーヴァタールなのであった。

 

 

こんな導入であり、この後は夢パート(オズの国)と現実パート(地球)が交互に描かれながらストーリーが進んでいきます。このあと「オズの国」において、不可解な密室殺人が起こり、さらにそれに対応するかたちで現実でも人死が発生する、という展開。そして、その事件を捜査するは我らがビル / 井森、小間使いのジェリア・ジャム、もとい現実では餡樹利亜。その捜査の中において、継ぎ接ぎ娘・スクラップス、南瓜頭のジャック、グリンダ、ロボットのチクタクなど珍妙な有象無象が跳梁跋扈してきます。そして、ここでのハイライトは、やはりあの名著『玩具修理者』とのリンクといえるでしょう。のみならず同作収録の『酔歩する男』ともリンクしてくるというファン歓喜のニクい演出。それもそれぞれの登場人物が申し訳程度にちょろっと出てくるわけではなく、結構がっつりストーリーのキーを担ってきます。あの二人と、あの女性とあの男性達が登場。その邂逅の果て、ドロシイの最後の一言「わたしは○○○」は、分かってはいたのですが、実際読むとゾクッと来るものがあります。

 

下手人の正体やミステリー的な仕掛けについては、そこまでインパクトが強いわけではないのですが、そのラストはなんともブラックであり邪曲的であり、実に背筋寒くなるものがあります。こうゆうダークエンドは、好きな人はすこぶる好きな趣向だと思いますし、自分もかなり好みでした。

前作の『クララ殺し』は全体的にトリックなども結構複雑でありましたが、今回は夢と現実のアーヴァタールの関係性も含め、構造的に割と分かりやすいように思います。

 

 

このシリーズの特徴のひとつは、素っ惚けたような独特の会話劇。それは本作においても遺憾なく発揮されており、現実パートも夢パートも、場面によっては地の文がまったく無くて、会話の応酬のみで話が成り立っています。

要領を得なくて益体が無くてなかなか話が先に進まないけれど、それでいてウィットを感じる会話。苦手な人は苦手なのかもしれませんが、この頓狂具合と独特の世界観は、いったんハマるとなかなか抜け出しがたい妙な魅力があります。

 

 

「メルヘン殺し」と呼ばれるこのシリーズ。

本作がその三作目にあたる訳ですが、前作の『アリス殺し』『クララ殺し』を読んでいなくても本作のストーリーは分かると思います。もっとも、『玩具修理者』のほうに関しては、あらかじめ読んでおいたほうが良いでしょう。読んでいなくても話を追う分に不都合はないのですが、知らないと若干ピンと来なそうな部分があるのと、『玩具修理者』のネタバレすれすれが含まれているので、そうゆう意味でも先に『玩具修理者』を読んでおくのが正着なのではあるでしょう。

さて、この「メルヘン殺し」シリーズも、次巻がラストになります。四作目のタイトルは『ティンカー・ベル殺し』。舞台はあの「ネヴァーランド」。このシュールで素っ頓狂で奇想天外で、そしてウィキッドでクルエルな世界観が楽しめるのもあと一冊かと思うと、なかなか寂しいものがありますが、次にどんな「ネヴァーランド」が繰り広げられるものか、実に楽しみなところです。

 

 

読了:2023年5月10日